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臣民――正輝、バンザイ――保久原淳次ジョージ・原作 中田みちよ・古川恵子共訳=(210)

 けれども正輝はセナドール・フラッケル街の住民の探索をつづけた。オリエンテ洗濯店から少し行ったところに、セイミツの妹、マリキニァの美容院があった。店の名は「サントアンドレ美容院」という。そこには妹のアウロウラや義姉も働いていた。正輝はタバチンガ時代から稲嶺盛一の娘たちを知っている。パウケイマド農場を離れてすでに15年もたち、みんなはすっかり娘に成長していた。
 セナドール・フラッケル街とカヌードス街の角はタヴァーレスさんのパン屋で、その店の前を横切ると、ジョンさんの食料品店があった。

 レンジは引越しの翌日、約束どおりに届けられた。炭を使うレンジで、燃料費が安く、また、角も町中どこでも手に入れられる。構造はごくシンプルで、脚のあるテーブルに鉄板を乗せたようなものだ。鉄板には4つ穴が開いていて、その穴に籠のようなものがぶら下がり、中で炭がゆっくり燃えるようになっていた。籠は底が四角のピラミッド型をしていた。飯が一釜たけるほどの炭が入れられ、籠の下には脚で支えられた盆のような物があって、そこに炭火の灰が落ちるようになっていた。ネナはいままでこれを見たことがなかった。このレンジを使えるようにならなければならない。まず、どうやって炭火をおこすか? 火は料理ができるほど強いのだろうか? 食べ物が焦げてしまうのではないだろうか? もしかしたら、生煮えになってしまうのではないだろうか?
 はじめての料理はネナにとって冒険そのものだった。炭はよく燃えるといわれるが、炭をおこすのは容易なことではなかった。マッチは1箱使ったし、アキミツがもってきた「ガゼッタ・スポーツ新聞」も(古新聞なんかだれも読まない)と自分にいい聞かせながら、全部使い果たしてしまった。もっとも、ネナが使い果たしたのはマッチと新聞だけではない。アララクァーラからもってきた鍋がのっているひとかけらの炭火が消えそうになり、その火をおこしなおそうと、懸命に内輪をふったので、腕の力も使い果たしてしまったのだ。
 こうして、サントアンドレでの最初の昼ごはんは遅れてしまったが、幸いなことに、その時間にはネナと幼いヨシコとジュンジしかいなかった。二人は文句をいう権利もなければ、年齢でもなかった。アララクァーラに残ったミーチとツーコ以外の者は働きに出ていて、夕飯にしか帰らない。ただし、昼食の遅れはなにごとも時間通りにしなければ気が治まらないネナにはこたえた。時間通りに夕食(家ではみんなジャンタといっていた)を出すには、早くから支度に取りかからねばならない。材料はそろっていた。問題は炭火をどうやっておこすかだ。そこで、昼食のときの炭火を絶やさずに夕食の支度までもたせようと考えた。家のものは一日の炭の使用料がどれぐらいかかるかだれも知らなかったが、はじめの日は炭代が高かったはずだ。いずれにしても、少々炭代がかかっても夕食が食べられるほうがよっぽどいいに決まっている。

 7歳にちかいヨシコと5歳を過ぎたジュンジは大きな家で大いに遊んだ。仕事場に通ずる階段を上がったり下りたりし、家の前のテラスを遊び場にした。