親戚や友だちの家族に対してもブラジル人との結婚を絶対にゆるさなかった。子どもたちが恋愛や結婚の相手に日系人以外を選ぶなど、彼には考えられないことだった。また、日系人以外のだれかが子どもと交際したいといっても許さなかった。隣に自転車で通勤するシッコという働き者の青年が住んでいた。背広を着て、ネクタイをしめ、自転車のチェーンの汚れがつかないように、ズボンの裾を折って輪ゴムでとめて通うのだが、シッコはネナに好意をもつようになり、正輝に交際と将来の結婚を許してもらおうとやってきたのだ。
正輝は激憤した。「毛唐」との交際など許せるはずがないと叫んだ。許すどころか、直後、ネナを別のところに移すことにしたのだ。
「まったくウサグァーの娘ときたら」と15年前、彼の家で殺された房子の姪を思いだし、どなり散らした。シッコから引き離すために、急いでサンパウロに移った従兄弟のヨシアキを呼び、ネナを引き取ってくれるよう頼んだ。
ヨシアキは自分の父とブラジルにきた正輝を「にいさん」とよぶぐらい慕っていた。マサユキがサントアンドレで家族の住む家を探すのを手伝ってくれたり、高校の転校を校長にかけあってくれたりして世話をやいてくれた。ヨシアキはすでに会計士としてはたらいていて、あるていどの収入もあり、責任感も強かった。ところが、この責任感の強さが正輝の頼みを断ることになったのだ。
「女の子を家に預かることはできない。うちは男ばかりだから、あとで問題がおきるかもしれない」
たしかに家にいる女はウシだけだ。いちばん上の姉のハッチャンはサンカルロスにいたとき同郷の西原セイソと結婚し、アララクァーラのタクワリチンガに住んでいる。ヨシアキが今住んでいるメルカード・セントラル区ヴォトランチン街19番地には、兄弟のヨシオ、ゼー、ヨシノリ、ルイスが住んでいる。
また、正輝が「ばあちゃん」と呼んでいたウシは家計を助けるために、奥地から出てきた日系人の子弟相手の下宿屋もしている。全部で7、8人の男がいるところに、ネナを引き取るわけにはいかない、とヨシアキは断ったのだ。
頑固な正輝は弁解を受けつけなかった。従兄弟は年上の自分を無視し、ネナをひき取る気持ちなどないのだと解釈した。役に立ちたいとわざわざやってきたヨシアキを家から追い出してしまったのだ。
問題解決のため、正輝はネナを女中奉公に出すことにした。サンパウロからだいぶはなれた場所に住む翁長という沖縄人の家族で働かせることにした。
ネナになついているツーコはなぜ姉が家を出、そしてどこへ行ったか知りたがった。
母はただ一度、そしてただ一言、「それを知る必要はないでしょう」と答えた。
ネナがいなくなったことで、家事に大きな変化が生じた。家事のほとんどをネナがやっていたからだ。房子は夫の代わりに朝市の商品を集める仕事をしていた。夜8時ごろ仮寝をし、11時に起きて、服の上に青い市場用のエプロンをかけ、0時少し前に通るサンパウロ行きの最終バスに乗るため、夫に付き添われてイピランギーニァのバス停にいく。あちこちで値引きさせながら商品を選び、買った品物の箱に印を入れ、運搬するトラックに運ばせ、4時には始発のバスに乗って家に向かった。このような日課なので、眠気におそわれて午後はいつも寝ていた。