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【記者コラム】意図せず「結果的な集団免疫」に向かいそうなブラジル コロナ禍時代の「新しい日常」を見つけよう

「対策ナシならコロナ死者は100万人」

「対策なしならコロナ死者は100万人」と発言して、24時間で100万回再生の新記録を作った生物学者アチラ・イアマリノ氏

 無名だった彼が3月30日に出演したTVクルツーラの討論番組ロダ・ヴィヴァのユーチューブ映像は、24時間で100万人が視聴した。いかにブラジル人一般がコロナを恐れているかが如実に伺われる。
 最近のテレビを見ていてもニュースはコロナばかり。某銀行の「やがて過ぎる。それまでしっかり耐えて」のようにCMまでコロナばかりでウンザリする。
 この点、インターネットで日本のテレビ番組を見ていて感心するのは、普通のCMが大半を占めていることだ。ブラジルが「コロナ一色」なのに比べて、日本の方は比較的に平静を保っていることが伺われる。
 コロナ禍が過ぎるには、ワクチンや特効薬が開発されるか、集団免疫(集団の60%以上が免疫をもった状態)になるのを待つしかない。「少なくとも1年以上先」と考えたほうが現実的だ。
 先日紹介した大阪大学元総長の平野俊夫教授(医学博士、免疫学、腫瘍病理学)の文章にあった通り、《本当は1万メートル競争、あるいはフルマラソンなのに100メートル競争のように全力疾走をすると、フルマラソンはもちろん1万メートル競争も完走不可能です。COVID―19との戦いは100メートル競争(水際作戦は100メートル競争です)ではなく、パンデミックになった現時点では、1万メートル競争、あるいはフルマラソンであることを認識する必要性があります。
 ペース配分を十分に考えて走る(対策を立てる)必要があると思います》という言葉は何度も噛みしめる必要がある。
 
すでに5%が抗体を持っているという朗報

 16日付「カトラッカ・リブレ」サイト(https://catracalivre.com.br/saude-bem-estar/estudo-descobre-que-5-dos-moradores-de-sao-paulo-tem-anticorpos-contra-coronavirus/)には、「サンパウロ市では5・19%の人が抗体を持つ」との調査結果が報じられた。
 「感染者数」とか「致死率」とか、あてにならない数字が独り歩きをしているのにウンザリしていた。まともな数字がようやく出てきたという意味で素晴らしい朗報だ。
 サンパウロ州総合大学と同連邦大学が共同調査したもの。市内で感染者や死者が多い6区を選んで、520人の18歳以上の成人を抗体検査したもの。27人が抗体を持っていた。すでに感染・治癒した人だ。
 仮に、これを大サンパウロ都市圏の人口2150万人に援用して、5%が抗体を持っているとすれば107万人だ。
 17日現在でブラジル全体の公式なコロナ感染確認数は23万4千人。先の数字からすれば、大サンパウロ都市圏だけで、その4倍の感染者がいてもおかしくない。いかに日々発表されている「コロナ感染者数」という数字が意味のないものかが分かる。
 しかもこれを母数にして死者数1万5662人を割って、致死率6・7%を出している。だから、恐怖をあおるような数字になっている。
 感染者がはるかに多いということは、実際の致死率ははるかに低いということだ。実際の感染者は公式数字の「10倍から15倍」というのはすでに定説だ。ということは「致死率は発表されているものより、10倍から15倍低い」のが正しい数字だ。だがブラジル・メディアはほぼそれを言わない。
 とはいえ、免疫を持っている人が全市民の60%以上にならないと集団免疫には達しない。
 17日現在のサンパウロ州のコロナ死者は4501人だから、今のペースで集団免疫に至るまでには、今の12倍以上の死者が出る可能性がある。5万4千人だ。これが「死者数が一番少ない場合」のシナリオだ。
 時間で考えてみると。3カ月で5%のペースで抗体所持者が増えるなら、あと12倍の時間がかかる。大サンパウロ都市圏が集団免疫に至るまでに36カ月(3年)かかる。あと3年の間、クアレンテナと準クアレンテナを繰り返しながら過ごさないといけない。まさに「マラソン」だ。
 あと3年間、今の生活をして、どれだけの企業が倒産し、ブラジル経済はどうなるのか――。

コロナショックという「恐怖マーケティング」

 「田中宇の国際ニュース解説」4月26日付《集団免疫を遅らせる今のコロナ対策》には、致死率という数字のいい加減さを指摘する次のような一節があった。
 《コロナ危機の一つの形として世界的に喧伝されていることの一つが「コロナによる死者の急増」だ。そこに関して世界各地でインチキが行われている可能性がある。
 最大のものは、主な死因がコロナ以外の持病で死んだ人々を「コロナによる死者」の統計に入れることだ。死因の特定は従来、死を看取った現場の医師の権限の範囲内だ。死因の特定は簡単でないし、死者や遺族や社会の事情もある。
 今のご時世だと、政府が医学界の上の方に「コロナの死因を増やせ」と言えば、多くの医師が自らの立場を有利にするために、その要請に従う(大学病院など医療界は強固な階級社会なのでみんな上にあがりたい)。
 世界的に、コロナの死者の90%以上は、もともと何らかの持病があった人だ。コロナの死者の中に、実はコロナでなかったとか、最期にコロナに感染していたが主たる死因は持病の方だという人が多く含まれていても不思議でない。
 米国では、PCRなどコロナの検査せずに死んだ人でも、現場の医師が「きっとコロナだろう」と思えば、死因をコロナにできる決まりになっている。一部の医師が「この規定はおかしい」と警告したが無視された。
 イタリアも同様だ。金欠のイタリアは、金満のドイツや北欧に支援金を出させるためにコロナの死者数を誇張した疑いがある》
 これが本当なら致死率はかなり低い。致死率6%と0・6%とでは、まったく意味が違う。
 毎日毎日、このような装飾された死者数が繰り返し報じられて実際以上の恐怖が積み重なって、国民の多くが思考停止に陥っている感じがする。
 それで思い出すのは、昔から言われる販売手法「恐怖マーケティング」だ。消費者の心理を逆手にとる《罠》ともいえる手法で《定番化する「恐怖マーケティング」》(https://ddnavi.com/review/503369/a/)には、こうある。
 《――感情を煽る手法としては、「恐怖マーケティング」というものがある。掃除機のCMでダニやハウスダストを拡大した映像が流れるのを見たことがあると思う。
 普段なら気にかけないミクロレベルの不潔を意識させ、掃除機が必要と思わせる手法だ。毎日寝ている布団に大量のダニが蠢く恐怖映像は、潔癖症になってしまいそうな恐ろしさだ。
 それ以外にも病気や事故、将来の不安を訴える生命保険のCMなど、「恐怖マーケティング」はすでに定番化しているという》
 人は論理ではなく、感情で動く。投票しかり、商品購入しかり。感情の中でも、一番原始的かつ強烈なのが「恐怖」。生物が生き残るために最も必要とされる、逃避行動を起こすための引き金といえる感情だからだ。そこを直撃して何らかの行動を起こさせるのが「恐怖マーケティング」だ。
 「恐怖感をあおる」ことはポピュリズム(大衆迎合主義)型政治家の得意技でもある。政治家にとっては支持率を上げる手段になりやすい。
 実際、厳しいクアレンテナを決断した為政者の支持率が上がる傾向は、どこの国にも見られる。しっかりした科学的理論ときちんとした数字に基づいて判断すべき政策が「恐怖」によって歪められている可能性がある。
 今回はコロナ感染症では、インパクトのある数字を多用した「恐怖マーケティング」が効果を発揮して、世界経済を100年の一度の大恐慌に陥れるレベルに発展した。その背景に何があるのかは分からないが、現実としてそれが起きている。

無能さゆえに「結果的な集団免疫」に

「無能な実態ゆえ、結果的に集団免疫政策へ」と論じるレイナッキ氏のエスタード紙コラム(https://saude.estadao.com.br/noticias/geral,incompetencia-brasileira,70003297303)

 エスタード紙のコラムニスト、生物学者のフェルナンド・レイナッキ氏は9日付で「政治的な混乱や貧困層の隔離政策無視などの無能さゆえに、ブラジルのコロナ対策の戦略は結果的に集団免疫になっている」との興味深い視点を論じた。
 《我々の弱点はいろいろある。社会の大半の人々は貯蓄がなく、何週も家に釘つけになっていることは難しい。その日その日の生活費を稼がないといけない。多くの国民は粗末な小さな家に大家族で住んでいるから、社会的隔離などは不可能で、上下水道などの基礎的衛生条件は貧弱だ。連邦政府はパンデミック対策に関して、指導者として振る舞うことに無能さを見せている》と弱点を列挙する。
 いつパンデミックは終息するのかとの問いに、彼は「国民の半分が感染し終わるまで」と答え、死亡者増は8月末まで続き、ピーク時には連日2千人を超える事態にまでなり、9月に終息の兆しを見せるという最悪の筋書きをのべる。
 先進国のような外出禁止の徹底はブラジルではできない。「結果的に集団免疫を目指している」状況にあり、「国民の半数が免疫獲得するまでパンデミックは治まらない」という前提で、考え直すのが現実的ではないかと提言している。
 レイナッキ氏の最悪の筋書きに従えば、6、7月にサンパウロ州は医療崩壊するだろう。サンパウロ州の死亡者は最良の筋書きで前述の5万4千人だが、崩壊すれば簡単に20万、30万人に跳ね上がる。
 冒頭のアチラ氏の100万人死亡説からすれば、その30%はサンパウロだろうから「医療崩壊すればサンパウロだけで30万人前後」という数字は辻褄が合う。
 医療崩壊するほど爆発的に感染者が増えれば、その分、集団免疫に達する期間は短くなり、経済復活を始めるタイミングは早くなる。現実としては、残酷なことにそちらの方向に向かっている。

コロナ禍でも持続可能な健康的生活スタイル

コロナ禍時代に赤子は、生まれた直後から防護具が常備される(SSDF)

 サンパウロ州がクアレンテナに入る直前、3月21日付本紙に掲載された毛利律子さんの特別寄稿《疫病終息までの過ごし方、心構え=老人特有の病の対処法とは》は、とても重要なことが書いてある。
 たとえば《軽い運動など、身体を動かさないと何が起きるか。医学用語でいうところの「廃用」という問題が起きる》という部分だ。
 《デンマークの実験報告によると、20歳の健康な大学生5人を20日間「寝たきり」にした。ベッドで横になるだけの実験である。その結果、心臓が11%縮小した。
 なぜなら安静にしているため、心臓の筋肉も最低限の動きしかしない。だから心筋は収縮し、心臓が一回の拍動で送り出す血液の量は24%低下。呼気(吐いた空気)と吸気(吸う空気)の最大酸素摂取量は27%に減る、という結果になった。このたった20日間の影響から、健全な状態に取り戻すのに5週間かかったという報告だ。
 これは若い健康な男性の場合で、高齢者の影響はもっと深刻になる。高齢者が筋肉を全く動かさないとひと月で半減する。関節は固まり動かすことが不自由になる。これを「拘縮」という。
 例えば2カ月も続くと、この拘縮は治せなくなる。骨量は2割以上も減少して骨粗しょう症になる。だらだらと過ごし、すぐ横になってテレビを見る、立っていてもすぐに何かにもたれようとする。このような衰えを自覚すると、やる気を失ってくる。これが廃用による運動機能の低下で「老化と廃用の悪循環」引き起こし、寝たきりになるということである。
 今回のコロナウイルス危機でも、高齢者は自宅にこもっていることが推奨されている。だからといって、まったく体を動かさないと、筋力が低下してしまうので要注意だ。他の人との距離を2、3メートルおきながら、毎日散歩に出て20分、30分ほど全身を動かすことは重要だ》
 クアレンテナ生活は3月24日に始まり、今週日曜日に丸2カ月を迎える。その間ずっと家にこもっていた人は、相当筋肉が落ちている。
 「田中宇の国際ニュース解説」13日付には恐ろしい話が出ていた。
 《リベラル系のマスコミは「報道より多くの人が病院に行けず、在宅のままコロナで死んでいる」と報じ、多くの人がそれを軽信している。
 実のところ、在宅での死者が増えたのは都市閉鎖政策が原因だ。英国では年初来の自宅での死者数が過去5年間の平均より8196人多いが、そのうちの6546人がコロナ以外の死因だという。80%がコロナ以外の死だ。
 死亡の前後にPCR検査して感染が確認されたら、主な死因が何であれコロナによる死亡と診断される可能性が世界的に高いので、実際のコロナ以外の自宅での死亡はもう少し多いだろう。90%とか。
 イタリアでも同様の傾向と報じられている。たぶん世界的に、在宅のまま死んでいる人のほとんどはコロナでない。都市閉鎖のせいで、コロナ以外の持病が悪化したのに病院に行けず、治療を受けられずに死んでしまった人が、世界的にコロナによる(主な死因がコロナである)真の死者数よりはるかに多いはずだ》
 つまり、コロナも怖いが、家にこもるリスクも高い。「Fique em casa(家に居よう)」しか言わないようなブラジル大手マスコミには、この種の内容は「不都合な事実」だ。中国や世界保健機関(WHO)批判の報道と同様、タブーになっているように見える。本来は是々非々で報じるべきだが…。

「バランスのよいコロナ対策」の冷静な模索を

サルバドール市のACMネット市長(DEM)は厳しいクアレンテナ策で市民の97%から評価された

 大事なことは、「人命が失われる最終的な総数が少ない手段」を冷静に議論することだ。
 パンデミックだから、かなりの人命が失われることは避けられない。それを前提にしつつも、最終的に失われる人命を最小化すべく、貧困でも死なないよう経済的大打撃を最小化するバランス感覚も大事なはずだ。
 たとえば100万人当たりのコロナ死者数を比較した場合、10日現在で、高齢者のみ自宅待機という緩い対策しかしていないスウェーデンは318人が死んでいる。
 だが、厳しい外出禁止や都市閉鎖をしているにも関わらず、イタリアでは502人、英国では465人、フランスでは403人も死んでいる。
 なぜ、イタリアは外出禁止をして経済を大破壊しても、禁止していないスウェーデンより死者が多いのか。外出禁止が本当に効果的な唯一のコロナ対策なのか。
 ある程度の経済活動を続けながらウイルスと共生していく道はないのか、専門家にしっかりと検討してほしい数字だ。
 ワクチンか特効薬が開発されるか、集団免疫になるまでの2~3年間に第2波、第3波が来る。でなくても、いずれ別のパンデミックが起きる。そのたびに「100年に一度の大不況」は起こせない。
 パンデミックが数年に一度起きる可能性があるのなら、今のクアレンテナ生活と、解除後の準クアレンテナ生活は「新しい日常」だ。マスク、手洗い、うがいを励行しつつ、社会活動や経済活動を続けるしかない。怖がりすぎずに「ウイルスとの共生」を前向きに考えるほうが精神衛生上良いのではないか。
    ☆
 感染爆発期の真っ最中、この一カ月で二人の保健相が交代するブラジルの混沌とした現状からすれば、国と地方が一体なった「コロナ統一対策」は望めない。国や地方政府は不統一で混乱していて頼れない。国民の方も外出自粛を守る気がない現実からすれば「結果的に集団免疫」というのが、やはり現実的に一番ありえるシナリオだ。その間、多くの屍の山が築かれるだろう。
 日本では国民全員に特別給付金を出したが、ブラジルでは違う。国も地方政府もコロナ対策を打ち出すのは、まとまった票田がある貧乏人や業界団体、大企業に対するものだけ。年金生活者や中産階級、正規雇用労働者だって被害を受けているのに特段の対策はない。
 それらを前提にすれば、国民一人ひとりが、自分で対策を考えるしかない。ウイルスと戦うというマラソンに、否応なく皆が参加しなければならない。だったら「自分ならこうしないと走りきれない」とどこかで割り切って、自分の身の回りのことを判断するしかない。
 それが「この国で生きる」という現実ではないか。(深)