5月末から、ブラジルでは反ファシズム・デモが行われている。これは、自分たちに都合が悪くなるとやたらと軍事クーデターの可能性をチラつかせるボルソナロ大統領関係者の言動に対する国民の反発に、米国で起こった、白人警官による黒人男性殺人事件に対する全米規模でのデモの影響が加わったものだ。
最近、報道などを見ていても、「ブラジルでファシズムが進行中か」など、国の行方を危惧する記事が目立ち始めている。大統領の発言や、支持者の行う言動にも、ムッソリーニやヒトラーなど、かつてのファシズムの独裁者を思い起こさせるものや、最近のネオナチの影響を感じさせるものを目にするようになってきている。
ブラジルが現実問題、「ファシズム国家になる危険性はあるか」、これについて考えてみたい。まず、単刀直入にコラム子の意見を言うと、答えは「ノー」だ。
その決定的な理由は「独裁者になるには、ボルソナロ氏自身に計画性が決定的に欠けている」。まずはこれをあげる必要性がある。
そもそも、ボルソナロ氏の言動そのものに「計算」というものがなく、その場で思いついたことを深く考えないで行なっている傾向が強い。その象徴が、現在の同氏の「所属政党なし」という現実だ。
新党の結党も、前もって計画をたててやっているわけではなく、思わぬことでぶつかって以前の所属政党(社会自由党)ともめたので、勢いで新党を立ち上げざるを得なくなった。
だが、設立にどれくらい時間がかかるのかの事前調査が甘かったので、半年が過ぎてもまだ成立のメドさえ立たない。支持層をしっかりと固めたいなら、組織づくりは必要最低条件なのに、そういう基本的なことができていない。
次にあげるのは、独裁を国民に容認させるだけの「アメとムチ」の「アメ」の部分が決定的に足りていない。ヒトラーのナチス政権や、チリのピノチェトなどは、インフラの整備などを中心とした「画期的な経済成長」で表向きに国民を喜ばせ、裏で弱者や反対派への迫害を行なった。
だが、パウロ・ゲデス経済相が期待されたほどの経済的成長をもたらしていないうえに、現在のコロナ禍だ。ネガティヴな要素から国民の目を逸らさせる誘惑を作るのは任期内にはできそうにない。
そして、最後にもう一つ。いきがって過激な主張を行うことで世論の注目を浴びて、関心を引きこみたいボルソナロ大統領とその関係者だが、今のところそれに理解を示して追随してくれる他国のトップはいない。
大統領は昨年8月のアマゾンの森林火災問題、更に今年のコロナ禍で国際的に強く批判され孤立することはあれど、「もっともな意見だ」などと追随した国はひとつとして現れなかった。
欧州にもアジアにも極右の政治指導者はいるが、ボルソナロ氏にエールを送って徒党を組もうとする人はいない。ボルソナロ氏本人は米国のトランプ大統領やイスラエルのネタニヤフ首相と同盟を組みたそうだが、トランプ氏には「コロナ
対策がひどい」としてブラジルからの航空便を止められ、さらに「あの国のようにしてたら、今頃250万人くらい死んでたよ」と陰口を叩かれたほどだ。
議会や最高裁を攻撃するとか、クーデターをちらつかせて脅すとか、そういう暴力的なことを言っているだけでは、大半の国民は納得しないだろう。今のようにどんどん孤立をふかめるのでなく、熱狂的なファンを増やしていかないと独裁者に必要なカリスマが生まれない。
そのためには、もっと独自政策の実績を積み重ね、知的、感情的に共感をえるような発言をしていくべきだ。ただでさえ情報が筒抜けになって反対派の動きも活発になりやすいこの世の中で、独裁体制の確立は限りなく難しいだろう。(陽)