4月24日、モロ法相が辞職し、ボルソナロ政権を去った。
それに伴って生起した一連の「事実」関係は共和制ブラジル国家を構成する、法治民主諸制度の仕組みを理解するため有益であると考えるので、私の名と責任において以下の通りまとめて紹介する。
なお私の情報源は当地日刊紙「ゼロ・オーラ」である。私はテレビを視聴せず、またパソコン、スマートフォン類をいっさい保有しない。
(1)事実関係
4月24日午前モロ法相は同日付(電子版)連邦官報告示の大統領令でヴァレイショ連報警察長官が解任されたことを知り、辞職を決断した。
辞職に先立ち、法務省へ記者団を招き次のように述べた。「自分は大統領令で連邦警察長官解任を知った」。大統領令には自分の連署があるが自分は署名していない。同日、上記大統領令はモロ法相署名無しの大統領令に差換えられ、再告示された。
大統領が長官解任に固執するのは、連邦警察の捜査情報をいつでも電話で入手できるような親しい人物を据えたいためであり、連邦警察の独立性に対する政治干渉であると、モロ法相は説明。
大統領が自分に知らせもせず、自分が連署しない大統領令を行使して長官解任したことはある種の攻撃行為であり、自分を解任したい合図を受け止め辞職する、とした。
同日午後、アラス連邦検察総長はモロ元法相の発言内容に重大な告発を認知し、大統領にたまたま不正行為があったのか、あるいは反対にモロ元法相に大統領令を中傷しその名誉を毀損する行為があったのかを判断するため、刑事捜査開始の承認を最高裁に求めた。
同日夜、最高裁はアラス連邦検察庁長官の求めを承認し、セルソ・デ・メロ判事を担当官に選定した。
4月27日セルソ・デ・メロ判事は、刑事捜査開始を決定した。60日間の捜査期限を設定し、5日以内にモロ元法相を聴取するよう連邦警察へ命じた。(6月8日セルソ・デ・メロ判事は連邦警察の要望にもとづき、捜査期間を30日延長した。)
4月28日、大統領は、大統領一族と親密な関係にあるとされるラマジェム現国家情報局長官(連邦警察出向)を新連邦警察長官へ任命する。
同日、民主労働党(PDT)は「連邦警察長官更迭は公益目的から逸脱した大統領職権乱用である」と主張して任命差止請求訴訟を最高裁へ提起した。4月29日、アレシャンドレ・モラエス判事はPDTの請求を認め任命差止め仮処分を下した。
5月2日、在クリチバ連邦警察は約8時間にわたりモロ元法相の聴取とその携帯電話の鑑定を行った。
5月4日、アラス連邦検察総長は、モロ元法相の聴取結果にもとづき、セルソ・デ・メロ判事に主要以下の承認を求めた。
〈1〉4月22日に大統領府で開催された閣僚会議収録ビデオの複製提出。
〈2〉大統領政府内閣長官、国家安全保障長官、宮房長官の承認聴取。(以上の3閣僚は軍部出身で会議参加者)
〈3〉カルラ・ザムベリ下院議員(PSL)の証人聴取(4月22日午後、モロ法相の辞職記者会見へ反応してボルソナロ大統領は記者会見を行い、「法相は最高裁への指名と連邦警察長官更迭の取引をした」と言明した。モロ元法相は否定し、その証拠として同下院議員との携帯電話交信記録を提出した。
〈4〉連邦警察長官を解任した大統領令に署名してあったモロ法相署名の真偽の証拠調べ。5月5日セルソ・デ・メロ判事はアラス連邦検察総長の求めを承認し、必要あれば司法強制力行使を命ずる。
5月6日、大統領府は、閣僚会議ビデオには外交関係を含めた国家機密の機微に触れる部分があると主張して、ビデオ提出義務へ異議抗告したが却下された。
5月12日、連邦警察は大統領府3閣僚を聴取した。
5月22日、セルソ・デ・メロ判事は、大統領府と連邦警察が求めたビデオ公開を現憲法下の「透明性の原則」のもとにしりぞけた。外国に言及した箇所のみ除外して全面公開することを決定し、公開された。
同ビデオには次のような大統領発言が収録されていた。「自分の家族や友人が損害をうけないため、必要なら大臣を更迭しても、リオの治安人員を更迭する。我々政府組織の末端にいる治安人員を更迭できないからといって、自分の家族または友人が損害される(注:この部分の原文は非常に下卑な表現なのでこのように意訳した)のを待たない」
「もし末端人員を更迭できないなら直属上司を更迭する。もし、直属上司を更迭できないなら大臣を更迭する! それで終わりだ! 我々は冗談を言うためにここに集まっているのではない!」
別の箇所で大統領は政権転落リスクに触れ、全閣僚へ自分の政策への一体感を求めた上、「自分は権力を持つ、自分はすべての省庁への干渉をする。例外はない」。なおモロ法相は何も発言しなかった。
(2)今後の展開
現在、ボルソナロ大統領とモロ元法相を対象とした刑事捜査が続行中である。
次の焦点は捜査終了後、連邦検事総長が大統領罷免を最高裁へ起訴するか否かにある。
起訴した場合、任期中大統領の刑事裁判となるため裁判開始には、下院本会議の承認を得る必要がある。起訴承認には、下院議員513総数の2分の3に相当する342議員支持票、172議員(3分の1+1)の反対票があれば不起訴となる。下院本会議は最低342議員の出席があれば開催される。
下院承認となれば、最高裁は大法廷を開いて裁判開始可否の決定をする。刑事裁判開始の十分な法的根拠があると判断したならば、大統領は刑事被告となり、自動的に180日間の停職処分を受け、副大統領が大統領代行に就任する。
最高裁は180日間内に結審させねばならないが、もし不結審となれば大統領は復職する。有罪判決が下された場合、大統領は職権を喪失し、副大統領が正式に就任する。元大統領は一般人に戻り、自分の犯罪行為の結果責任を負う。
もし下院が起訴不承認したならば、大統領任期満了後に一般人としての刑事裁判が再開される。
その場合、大統領は2022年の次期大統領選への再選立候補権(被選挙権)を失うのか、あるいは何事もなかったが如く再出馬できるのか新聞記事では不明。
私にも判断できるほど知識はない。