元アマゾン移民の小野正さんの自分史『アマゾンの少年の追憶』(https://www.nikkeyshimbun.jp/2004/amazon-2.html)には、アカラ植民地入植初期のこのようなシーンが描かれている。
1930年、宮城県岩沼市から家族でアマゾンに入植してわずか3年目。希望に燃えたそんな時期に、日本では起きえない厳しい現実が小野家を襲った。小野さんは当時まだ10歳だった。
《悪事の発端は前年の七月十六日の深夜慌ただしい物音に目をさました僕は、あまりにも突飛な出来事に愕然として声も出ませんでした。
弟の哲夫が死んだのです。母が泣きながら、とぎれとぎれに話してくれました。
「突然うーんと言う重苦しい呻き声に飛び起きたの…哲夫が苦しんでいるのです。すぐ抱き上げたの、まるで火がついているような高熱なの、でも抱いている間にその熱が冷めていくのです。死んでいたのですよ。その時は、うーんと一声出したのが最後だったのよねえ、なんにもしてやれなかった」母は泣きじゃくるだけでした》
あまりに突然の病死で、移住地には激震が走った。
《突発的な高熱による哲夫の急死は原始林黄熱病ではないかなど噂が広がりましたが当局からは何らの通知もありませんでした》という状態の中で、同様の死者が6人も続いた。それとは別に、マラリアも同時に植民地全体を席巻し始めた。
《家族全員が枕を並べて高熱に悩まされ、中には、うわ言を口走る者も出る始末です。誰一人として炊事の手伝いに来る者もおりません。
この悪夢のような病勢が約二ヵ月ほど続いたように覚えております。ようやく病勢が衰え始めて、皆がやれやれと胸をなでおろし高熱にむしばまれて衰弱した体に鞭打って畑の仕事を始めたのでした。
それから幾日か過ぎ去り、あの急激にショウケツした悪魔のような病勢も遠のいたか、と喜んだのも束の間、以前にもましてさらに悪質な病魔が植民地を襲ったのです。
この病は極度の高熱が体内の臓器を破壊するので、あっ!と言うまに死んでしまう、まったく前代未聞の病魔です。
しかも、この病は突発的に頑強な人を襲うので各家庭の長たる人や主婦等が連鎖的に死亡したのです。この熱病の特徴は前にも記しましたが、あまりにも高熱であるために内臓が破壊されるので赤黒い小便となって体外へ流れ出すので、赤小便とか黒水病とか言われていました。
小さな植民地なのに毎日毎日葬式が続きました。働き盛りの夫に急死され幼子を抱えて途方にくれている妻、または妻に急死されて男泣きする夫、まさに地獄のごとき惨状に慰めの言葉もありませんでした。
この黒水病はまるで吹き荒れる疾風のごとく多数の犠牲者を嘲笑うかのように過ぎ去って行ったのですが、マラリア病はその後も頻繁と猛威を振るってきたのです》
調べてみると「黒水熱(black water fever)」はマラリアの合併症の一種(https://amda.or.jp/old/contents/database/2-1/mlr.3.html)だった。今では《熱帯熱マラリア浸淫地域に数ヶ月から数年滞在し、その間(病原菌)P.falciparumの侵襲を受け、かつキニーネの不規則に投与された者に発症する。突然の腰痛、蒼白、熱発、黄疸、激しい溶血に伴う黒色(またはポートワイン様)のヘモグロビン尿が見られる》と分かっているが、当時は誰も知らなかった。潜伏期間を経て急激に症状が発祥して、死に至る恐ろしい病気だった。(つづく、深沢正雪記者)