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《記者コラム》日本と日系社会が手を合わせて文化普及戦略を

 「そうあってほしい」―8月31日に東京で開催された「日本財団グローバル若手日系人調査」記者発表の映像(https://www.nippon-foundation.or.jp/who/news/pr/2020/20200831-48496.html)を閲覧して、そんな感想がわいた。


 これは、日本財団(東京)が全米日系人博物館(米国‧ロサンゼルス)と協力して、世界各地に住む若手日系人を対象に行った「日本財団グローバル若手日系人調査」の結果についての記者発表の映像だ。
 同財団は、過去50年にわたって世界の日系社会を支援しており、ブラジルにおいてはハンセン病対策、サンパウロ日伯援護協会などの日系医療・福祉団体への多大な協力で知られている。
 今回は、世界に散らばる約3800人の若手日系人(18~35歳)を対象にした大規模な意識調査を初めて実施した。
 その結果、《74%の若者の日系人は、世代を越えても日系人としての強い意識を持っており、また80%超が「頑張る」という日本人特有の価値観を引き継いでおり、さらに日本および他国の日系人との連携強化にも興味を示している姿が明らかになりました》と結論づけている。

日本同財団の笹川陽平会長

 同財団の笹川陽平会長は記者発表の中で《大変予想外のユニークな内容もあり、我々が独占するより、広く知ってもらった方が良いのではと思った》《日本の若い世代には忘れ去れようとしている部分「頑張る」「感謝する」「もったいない」などの精神が残っている》と評しているが、まったく共感する。
 この調査は2つの方法を組み合わせている。できるだけ多くの日系人に回答してもらう量的調査としては、オンラインアンケート(4カ国語=英語、日本語、スペイン語、ポルトガル語)。
 加えて、内容を深掘りする質的調査として10人ほどの座談会を、アルゼンチン、オーストラリア、ブラジル、カナダ、日本、オランダ、パラグアイ、ペルー、フィリピン、イギリス、アメリカなど11カ国12都市で開催している。

日系人が大事にする「頑張る」「尊敬」「感謝」

「日系人としてのアイデンティティーを形成する上で、最も影響を与えた価値観は?」

 興味深い部分を報告書から抜粋してみたい。
 たとえば《【日本的価値観】世界中の若手日系人にとって日本的価値観を持つことは重要である。多くは、「頑張る」、「尊敬」、「正直」、「感謝」、「義理」、「礼儀」、「もったいない」などの価値観を重要視していた。若手日系人がこれらの価値観を出身国や地域に関わらず共有して持っていることが明らかになった。
 そして、これら日本的価値観を家族や先祖から学んだことを誇りに思い、次世代や現地社会にも日本的価値観を継承したいと考える若手日系人が多い》という記述だ。
 さらに《82%の若手日系人が最も重要な価値観として「頑張る」を選択し、この傾向は地域や年齢に関わらず共通していた。次いで、2位に「尊敬」(78%)、3位に「感謝」(69%)が重要な価値観として選択された》とある。
 特に素直に納得できる部分としては、《【ポップカルチャー】若手日系人はアニメ(21%)や漫画(14%)、カラオケ(13%)などの日本のポップカルチャーに触れている》の部分だ。
 食文化は家庭生活を通して伝わっていることを示すデータとしての次の部分は興味深い。
 《【食生活】若手日系人の34%は週1―2回家で日本食を食べ、36%は月に数回日本食を食べに外食する生活を送り、年齢の高い層にも同様の傾向が見られた。
 しかし、同じ若い世代の中でも、新日系人(編註=戦後移民の子孫)の31%が週5回以上家で日本食を食べるのに対して、(旧)日系人(編註=戦前移民の子孫)は11%と同じ年齢層の中でも大きく差が出た》
 戦前移民の子孫より、戦後移民の子孫の方が、日本食を家庭内で食べる比率は高いだろう。
 日系団体への帰属意識も納得できる数字だ。
 《【日系社会・団体への帰属意識】若手のみならず日系人の全ての世代にとって最も重要な組織は、文化団体(22%)とソーシャルグループ(15%)であった。
 特にアジアや北米、南米においては、48%の若手日系人がこれらの団体を非常に重要、27%が重要と認識している。日系社会に属することが重要である一方、日系社会や日系団体の孤立性や排他的な性質を懸念する若者も多い》
 若手日系人が最も重要だと考えている日系行事が「お正月」というのはかなり意外だ。
 《【伝統行事】56%の若手日系人がお正月を最も重要な行事と回答した。これは地域や年齢に関わらず一番重要だという共通認識があった。二番目に重要な行事はお盆であった。
 お正月やお盆など、家族や親戚と祝うことが多い行事が最も重要視されていることから、日系コミュニティーは家族単位から始まり、日本文化における家族の存在や重要性が強調されている。
 アメリカのお盆祭りは、コミュニティー単位での行事であり、このような伝統行事を通じて日系コミュニティーは日常生活において日本文化に触れている》
 ブラジルなら「移民の日」「慰霊祭」「芸能祭」「日本祭り」をあげる人もいるのでは。もしかして、これらはブラジル独自のイベントで、ない国の方が多いのかも。ない国では「お正月」に家族そろってお餅を食べることが「日本文化」になっているのか。

「流ちょうに日本語がしゃべる」が17%?

 ただし、この数字を見ていて気になる点も幾つかあった。例えば日本語能力のレベルだ。
 《【日本語能力】自己申告ではあるが、若手日系人の日本語能力には差があることが分かった。7%が「全く話せない」、29%が「単語のみ(片言のみ)」話せる、25%が「少し話せる」、22%が「多少話せる(日常会話レベル)」、17%「流暢に話せる」と回答した》
 これはブラジルの現実にはまったくそぐわない。コラム子がブラジルの18~35歳の日系人を思い浮かべた場合、17%が「流ちょうに話せる」とはとても想像できない。
 思い浮かぶ数字としては「まったく話せない」70%、「単語のみ」25%、「多少話せる」4%、「流ちょうに話せる」1%ぐらいか。しかも「多少話せる」「流ちょうに話せる」の7割は、日本で教育を受けた帰伯子弟だ。
 また、もっと深掘りしてほしかったのは次の部分だ。

「日系人としてのアイデンティティーをどの程度感じますか?」

 《【日系人と自分のつながり:個としての日系アイデンティティーの形成】74%の若手日系人が日系人としての強い意識を持ち、日系人としてのアイデンティティーを確立している。他の年齢層においてもほぼ同じような数値が出たため、年齢や世代に関わらず、日系人は日系人としての自覚や意識が強く、日系アイデンティティーを形成していることが明確である》
 サンパウロ人文科学研究所の調査「多文化社会ブラジルにおける日系コミュニティーの実態調査」が2018年11月に発表された。そこでも「あなたは日本人の血を持っていることに誇りを感じますか?」との質問に「はい」と答えた割合は、一世で97%、二世で96%、三世で98%、四世で98%、平均は97%だった。
 それでも、437日系団体のうち、「少し困難を抱え、今後どうなるか分からない」が33%、「大変困難を抱えており、実質閉鎖に向かっている」が9%もあり、合わせて42%(約180団体)は不安定な状態だった。
 つまりブラジルでは、97%が日系アイデンティティーを持っていても、日系団体の存続が難しい。まして74%を「高い数字」と喜べるだろうか。
 そもそも、本人は「日系人としてのアイデンティティーを確立している」と思っているかもしれないが、その人が日本文化を多少なりとも「知っている」とか、片言でも日本語を話すワケではない。単に「出自に誇りを持っている」だけの可能性がある。
 日本という国のイメージが良いから、「日系人」として振る舞った方が、何らかの利益が得られ安いという現実的な判断に過ぎない気がする。
 「日系アイデンティティーを確立している人」であるならば、ある程度は日本文化を知っており、日本的な何かを実践しているという踏み込んだ人であってほしい。
 日本人の血筋を引いているから、日系人は現地で尊敬されるのではない。日本文化を継承しており、その違いをもって生国に貢献できるから日系人は尊敬されるのだ。敷居を低くしすぎると日系人の価値を下げる。

「日本とのつながりを感じている」

調査に参加しなかった日系人こそが本来の課題

 この調査報告は、日本の日本人向けに広く知ってほしい内容だと思う。だが現地の日系社会としては、少し違う見方をした方が良い気がする。
 というのは「オンラインアンケートに参加した人」から得た調査結果だからだ。
 この調査に協力した日系団体や日系メディアのサイトやSNSを普段からチェックしている人は、もともと日本文化に関心のある人、日系コミュニティーの活動に参加している人が大半だ。さらにその中から「面白そうなアンケートだから協力しよう」という前向きな気持ちを持った人だけが参加している。
 その結果、「74%の若者の日系人は、世代を越えても日系人として強い意識を持っている」という良い結果が導き出される。回答者の17%が「流ちょうに日本語がしゃべる」と答えていることからして、日系意識が高い人だけが回答した可能性を感じる
 現地日系人が問題としているのは、そのようなアンケートには関心を示さない、答えない「圧倒的多数の若手日系人」の方の存在だ。このアンケートに答えた若手日系人は全体の数%に過ぎず、9割の日系人の若者はそのような調査に参加する意義を感じないのではないか。
 同様に、調査報告レポートには《73%の若手日系人が日本語学習に対する意欲とその重要性を強調していた。日本語の重要性を感じている年配層は平均61%であり、年配層と比較して若手日系人の方が日本語への学習意欲が強い傾向が見られる》と書かれているが、ここにも強い違和感を覚えた。
 本当に若手日系人の73%が日本語学習への意欲があり、年配層よりも学習意欲が高いのであれば、「日系人学習者が減少して非日系人に入れ替わる」今の動きはどう説明するのか。
 この「73%が日本語学習に意欲を見せる」のは、この種のアンケートに参加するような日本文化に前向きなものを持っている人の「建前」ではないか。実際に行動に移す人はごく少数だろう。
 「日系コミュニティーの将来について」心配だと感じている人が、南米の若手日系人には74%いると調査にあるのも同様だ。コミュニティーに関心のある人が調査に参加しているから、割合が高い。関心すらない人は、この調査の母数に入らない。だが関心を持たない若手日系人こそが、我々現地日系社会の本当の課題なのだ。

「日系コミュのティーの将来について」

現地語で日本文化広める戦略を

 そもそも現地語化した日系メディアで隆盛なところを、コラム子は知らない。これが意味するのは「日系社会は日本語世界とその周辺部に止まっている」という現実だ。
 この調査では《日本語能力は日本的価値観の保持と伝統行事の参加等に関係しており、日本語能力が高ければ高いほど、自宅で日本食を作って食べる食文化が強く根付き、日本の伝統行事に参加するなど、より日本文化に接する傾向が強く見られた。すなわち、日本語能力の向上は文化の継承に繋がっていることが分かった》という風な解釈をしている。
 だが現地人として見れば「日本語が残っている界隈でしか、日本文化は残っていない」のが現実とも見える。
 日系意識が強いことが、日系政治家を支える行動につながれば、今のように日系連邦議員が少ない事態にもならなかった。今連邦下議になっているのは日系票に頼らない政治家だけだ。
 この調査に意味がないとか批判している訳ではない。日系人の若者の中には、日系アイデンティティーを強く持ち、日本に興味を持っている人がいることがわかるだけでも一定の意味はある。
 だが、現地日系社会としてはこの調査結果で安心してはいけない。日系社会の将来は依然として難しい。
     ☆
 日本財団にお願いしたいのは、「日本人移住は壮大な民族的な実験である」という見地から、人種のるつぼにたたき込まれた日本民族が、より豊かな移住の結果を生み出せるように手助けしてほしい。これは日本のためでもある。
 明治元年以来の「壮大な実験」の成果がヤキソバ、カラオケ、マンガ、アニメだけでいいのか。それが貧困だとか、悪いと言っているのではない。だが、ほかに世界で生き残る日本文化はないのか。
 本紙が日系メディアの一つとして実感するのは、今まで日本語にこだわり過ぎた結果、日本的な文化・精神・考え方をポルトガル語で十分に残してこなかったという後悔だ。「我々が普段日本語で書いているような内容が、もっとポルトガル語で表現されていたら」と、つくづく思う。
 日系社会のメディアは「日系人としての共通認識」「日系アイデンティティー」を形成するという重要な役割を担っている。日本語で培ってきたそれを、現地語に切り替えてより影響力を拡大するべきだった。
 いくら日本語で熱く語っても後継世代に伝わらない。この調査の記者発表会の映像も日本語しかない。日本が孤立化・ガラパゴス化しているのと同様、日系人も日本語世界に閉じこもっていては尻つぼみになる。
 以前本欄でも「ファネル型の日系社会の文化継承戦略を」(https://www.nikkeyshimbun.jp/2020/200128-column.html)を書いた。「壮大な実験」の成果をたたき台にして、日本文化の世界普及戦略を、日本と日系社会が手を合わせて考えるべきではないかと。
 「世界最大」といわれるブラジル日系社会だが、そのピークは1980年代だったと思う。90年代に下降期に入って、百周年を祝った2008年頃には形骸化し、それから12年たった今ではほぼ骨と皮だけの状態という気がする。
 だが悪い点ばかりでもない。主要な日系団体は残っているし、サンパウロ日伯援護協会は2千人の職員を抱える大組織に育った。ブラジル日本都道府県人会連合会が主催する日本祭りは世界最大規模の日本文化の祭典に育ってきたし、最近の文協は内向きでなく、ビジネス志向でブラジル社会向けの活動をしていて大変心強い。
 でも、足元の各地の日本語学校、地方日系団体、日本舞踊などの文化団体はどうなのか。パンデミックで痛めつけられ、息絶え絶えになっているところが多いのではと危惧している。
 もっと日本社会の文化、哲学、歴史を現地語で広める手伝いを日本財団にはしてほしい。「日系人という存在をテコにして、日本文化を世界に広める」そんな戦略をともに立案できないか。(深)