ホーム | 文芸 | 連載小説 | 中島宏著『クリスト・レイ』 | 中島宏著『クリスト・レイ』第43話

中島宏著『クリスト・レイ』第43話

 そういうものが芯のところにあるから、このクリスト・レイ教会を造った人たちには強い意志が働いていて、団結しているところがあるわけですね。同じ移民でも、ここの人たちはどこか違うということが、だんだん分かってきました。
 ところでね、アヤ、僕にはもう一つ不思議に思えることがあるのだけど、あの二人の宣教師ね、エミリオ神父と、アゴスチーニョ神父、あの人たちはどうしてあんなに日本語が上手なのですか。元々はドイツから来た人たちなのでしょう」
「フフフ、、、驚くでしょう、あの神父さんたちには。その辺の日本人よりよほど日本語がうまいわね。それどころか、お二人とも日本の歴史とか文学にも通じていて、私なんかとても付いていけないほどの水準なのよ。下手に知ったかぶりで話をすると、こちらが恥をかいてしまうわ。
 あれはね、マルコス、お二人ともドイツ人ではあるけど、ずっと日本に長く住んで日本のこともよく分かっておられるし、何よりも日本に来る以前からドイツですでに日本語を勉強されてきたの。それだけ年季が入っているということね」
「へえー、それはたしかに驚きですね。でも、どうしてドイツから日本へ行き、そして日本から今度は、ブラジルへ来たということなのですか」
「すべてこれは、あのカトリックのイエズス会の方針に従って決められているの。日本での布教を高めようという目的で、イエズス会がその為の専門の人材を育てるわけね。そして、基礎的な勉強と研修を終えると、その人たちは宣教師として日本に派遣されるという仕組みができているわけなの。
 もちろんそれは日本だけでなく、全体としては数多くの宣教師たちが世界中の国々に派遣されていくから、それぞれ、その担当の国の言語や、歴史、文化などもすべて勉強しなければならないし、それを終えたら実際にその国に行って、宣教師として一生をそこで過ごすということになるから、大変なことよ。
 それほどの強い意志を持っていないと、こういう仕事はとても勤まらないわね。
 私も、こちらに来るまでは知らなかったけど、ブラジルにはイエズス会が随分古くから、多くの宣教師たちを派遣して来て、この国の歴史にも大きな影響を与えたみたいね。イエズス会の行動の特徴は、未開地の奥深く入り込んでそれを果敢に切り拓いていくという点にあるわね。その戒律も厳しく、信念の強さも尋常なものではないから、その行動力には驚くものがあるし、決して後には引かないという強靭さも備えているという感じね。
 そういう思想で統一されているから、彼らは世界のどこにも行くし、布教に当たっての困難など、物ともしないというところがあるわ。エミリオ神父とアゴスチーニョ神父は、ともに日本でのキリスト教の布教を最大の目標として派遣されたから、もちろん、日本に骨を埋める覚悟でいったわけね」
「それがどうして、ブラジルへ来ることになったのですか」
「それはやはり、それだけ多くの隠れキリシタンの人たちが、このブラジルに移民して来たという事実が、一番の原因になっていたのでしょうね。まだブラジルへの日本移民の初期の時代、一九一二年と一九一三年に、約三百人ほどの隠れキリシタンの人たちがこちらにやって来たけど、その後の時代にも、何回かに分けて、あの福岡県の今村からブラジルへの移民が継続されたの。