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120周年迎えた中国人移民=8月15日に内輪での晩餐会=コロナ禍の中、貿易の支え手に

 新型コロナウイルスの感染拡大により、日本祭りのようにキャンセルされたり延期されたりしたイベントが今年はたくさんある。規模が縮小したと思われる行事の中には、中国人移民120周年を記念するイベントがある。
 ブラジルに最初の中国人移民が到着したのは、1900年8月15日とされている。リスボンからの蒸気船マランジェ号で来た中国人移民達は、サントス港に到着後、カフェの栽培に従事するため、サンパウロ州内陸部に赴いた。サンパウロ市モオッカ区の移民博物館の資料によると、最初の移民は119人で、全員が20~40歳の独身男性だったという。
 ただ、公式記録にないもっと早く来ていた可能性があり、19世紀にブラジルに来た中国人の苦力(クーリー)が約3千人いたとの節もある。
 その頃の中国や中国人のイメージはあまり良いものではなかったらしく、1893年に中国を訪問したラダリオ男爵ことジョゼ・ダ・コスタ・アゼヴェド氏は、当時のフロリアノ・ペイショット大統領にあてた文書で、中国人移民は「モラルが低い」と記している。
 当時の伯人達が抱いたイメージは、衛生観念の違いなども反映した偏ったものだった。この偏見が躍進著しい中国への妬みややっかみと重なったのか、新型コロナウイルスの感染拡大が言われ始めた後は、(流行とは直接関係しない)中国人移民への暴行や暴言という形の人種差別的な態度が随所で見られた。
 中国人移民に対する偏見を打ち破るために設けられた中伯社会文化研究所(Ibrachina)は、新型コロナウイルスにまつわるフェイクニュースに対処するための部署を創設し、苦情などを受け付けた。所長のトマス・ロウ氏によると、他のアジア諸国からの移民やその子孫らが同研究所に送った苦情のeメールは数千件に及んだという。
 中国人移民や中国に対する中傷の中には、元教育相のアブラアン・ウェイントラウブ氏によるツイッターのように、閣僚クラスからのものも含まれている。だが、ロウ氏はテレーザ・クリスチナ農務相などの例を挙げ、「このような批判や攻撃は表層的なものだと信じている」と述べている。

120周年記念の晩餐会で(左から、バロス氏、アナ&トマス・ロウ氏、メニン氏、Divulgação)

 事実、公的な記録が残る期間だけで120年に及ぶ中国との関係が、ブラジルの文化や経済に与えた影響は大きい。
 今年は第15回目を数えたサンパウロ市リベルダーデ区での旧正月の行事はその代表だ。世界各国での新型コロナウイルスの感染拡大やブラジル内でも疑似症感染者が出始めた事などで、例年より規模は小さかったが、旧正月は既にサンパウロ市の恒例行事として定着している。

ブラジルでもお馴染みとなった旧正月のイベント(8月14日付電子版フォーリャ紙の記事の一部)

 8月15日が「中国人移民の日」に認定されたのは2018年で、今年は3回目。当日は、サンパウロ市アウト・ダ・ボア・ヴィスタ区のレストラン「China Lake」で中国人移民120周年を祝う晩餐会が開かれた。
 晩餐会には、中伯社会文化研究所所長でブラジル弁護士会(OAB)中伯関係国内コーディネーターでもあるロウ氏、貿易関係連邦議員団代表のエヴァイル・デ・メロ下議、サンパウロ州の文化とビジネス統合センター所長のレジノ・バロス氏、中伯商工開発会議所副会長のプリシラ・ミニン氏らが参加した。

120周年を象徴する形となったシケット氏の作品を手に(左から、ロウ氏、エヴァイル・デ・メロ下議、シケット氏、Divulgação)

 晩餐会では、画家のオルランド・シケット氏が2016年に中国の広東省広州市で発表した作品が120周年の象徴として紹介され、シケット氏への顕彰の時も持たれた。
 ブラジルと中国との関係は移民申請者数の増加でも明らかだ。2000年以降の申請者数は、01~07年こそ2千人を割り込んだが、2000年2181人、08年2059人の後、09年に7039人を記録。10年は2301人に減ったが、11年以降は再び増加。今年はまだ492人のみだが、11~19年は年平均で4397人が移民申請を行っている。
 多くの中国人移民が、手工芸品の製作や輸入品販売、大衆ショッピングの経営などの商業活動に関わっている事は周知の事実だ。また、2009年以降、中国はブラジルにとって最大の貿易相手国となっている。
 ボルソナロ政権では、米中の貿易戦争などを反映し、トランプ米大統領を尊敬するボルソナロ大統領の意向を汲んだ閣僚や議員から中国を揶揄したりする発言が飛び出し、物議を醸してきた。
 だが、クリスチナ農務相が地道な外交を継続している事などもあり、中国への農産物輸出などにけん引された農業は、新型コロナウイルスの感染拡大で景気後退期に入った第2四半期も、唯一、国内総生産(GDP)増を記録した。
 新型コロナウイルスの感染拡大中も農産物やその加工品の生産や輸出が堅調かつ成長している事は、8月9日付フォーリャ紙などでも報じられている。

8歳で移住したルーベンス・シャング・チュング・リン氏(8月14日付電子版フォーリャ紙の記事の一部)

 中でも、他国に先駆けてGDPが回復し始め、農産物などを積極的に輸入、在庫の確保まで目指している中国は、ブラジル貿易において非常に重要な役割を果たしている。
 7月27日エスタード紙によると、1~6月のブラジルの輸出総額1017億ドルの内、約3分の1にあたる33・8%は中国への輸出が占めた。2001年の場合、中国への輸出は1・9%を占めるのみだったが、2019年にはその割合が28・5%に達していた。01年の中国は世界で6番目の輸入大国だったが、19年は米国に次ぐ2位となっている。
 中国がブラジルの最大の貿易相手国となったのは、ブラジルの輸出の中心が中国が必要としている食糧や鉄鉱石といった一次産品である事や、ブラジルがこれらの一次産品の増産が可能な数少ない国である事が原因だ。
 特に、今年は新型コロナウイルスの感染拡大で世界的に景気が落ち込んでおり、昨年まではブラジルからの輸出額が3位だったアルゼンチンは、上半期のブラジルからの輸入額が昨年同期比で28%も減少。ブラジルからの輸出に占める割合は3・6%になり、輸出額3位の座をオランダに譲った。

旧正月の龍踊(8月14日付電子版フォーリャ紙の記事の一部)

 だが、01年は輸出総額の25・4%を占めていた欧州連合(EU)への輸出額がこの上半期は15・4%に落ちた事からもわかるように、新型コロナウイルスの感染拡大が収束していない国々には、景気の急速な回復や輸入急増は望めない。
 今年上半期に昨年同期比で24・5%増えた食糧品の輸出は、今後もブラジル貿易を支える柱となるであろう。また、ブラジルの輸出を支えているブラジル産の食糧品や鉄鉱石、石油、セルロースの主要購入国が中国である事を考えると、他国に先駆けて景気が上向き始めた中国がブラジル貿易に占める立場の重要性は、増す事はあっても減る事はないだろう。(7月27日エスタード紙、8月9日フォーリャ紙などより)