9月にあった報道合戦
9月は久々にグローボTV局(5ch)対レコルジTV局(7ch)の熾烈な戦いが繰り広げられた。
キッカケは「クリヴェラ親衛隊」事件だ。9月2日付G1サイトには、リオ市長のマルセロ・クリヴェラ氏が市役所職員として「クリヴェラ親衛隊」を雇い、グローボ局が市立病院の運営に関する苦情コメントを市民から取材するのを、妨害するように仕向けたと報じている。
グローボのニュースによれば、利用者が病院の不備によりサービスを利用できずにトボトボと出てきたところを、レポーターが捕まえて話を聞こうとすると、その親衛隊が横から割って入って大声を出して妨害するというものだ。
この背景にあるのは、クリヴェラ・リオ市長が、神の国ウニベルサル教会(Igreja Universal do Reino de Deus)の創始者エジル・マセド氏の甥っ子であり、マセド氏がレコルジ局のオーナーでもあるという点だ。
著名ジャーナリストのボブ・フェルナンデス氏はこの三者(ウニベルサル、マセド氏、クリヴェラ氏)の関係を、キリスト教の神学になぞらえて「三位一体」だと指摘する。三位一体とは父なる神(ヤハベ)、神の一人っ子(イエス)、霊(聖霊)は一体であるとする教えだ。
ウニベルサル教会のような福音派からは、グローボは日曜朝6時25分からカトリック界のカリスマ、マルセロ・ロッシ神父のミサを放送しており、ジョルナル・ナショナルなど高視聴率ニュースで毎日ローマ教皇のその日の行動などを報道するなど、「カトリック的なメディア」とみられている。
つまり「クリヴェラ市長=レコルジ局=ウニベルサル教会」VS「グローボ局=カトリック」という対立構図が元々あった。
キリスト教は大きく分けてカトリックと、そこから分離したプロテスタントに大別される。カトリックは今も世界最大の信者数を誇る教団であり、ブラジルは「カトリック大国」として知られる。
後者のプロテスタントの中にはたくさんの宗派があるが、その中でも福音派と呼ばれるグループが台頭してきており、福音派の中でも特に「ペンテコステ派」という一派が増えている。
そのペンテコステ派から現れたのが「ネオペンテコステ派」で、その代表格がウニベルサルだ。
教団がテレビ局を買収
ウニベルサル教会は、1977年の軍政中にエジル・マセド氏らがリオ市で創立した。現在の世界本部はサンパウロ市セントロ、ブラス区にある「サロモン寺院(Templo de Salomão)」だ。2014年に6億8千万レアルをかけて作られた壮麗な建築物だ。
信者数はブラジル地理統計院(IBGE)によれば187万人、ウニベルサルは830万人と自称している。日本を含めて127カ国に布教組織を展開しており、国外の信者数は600万人と言われる。わずか43年間でとんでもない大教団に育て上げた。
マセド氏は1990年頃、巨額の負債を抱えて破産しかかって売りに出ていたレコルジTV(RecordTV、7ch)を買収した。それを大幅にてこ入れして、2012年頃には当時ブラジルTV業界の視聴率シェアで2位だったSBT(4ch)と熾烈な争いを繰り広げるまでに育て、2015年からは若干ながら差を広げて単独2位の座を確保し始め、ブラジルTV業界の〝帝王〟グローボの背中を追うようになった。
このグローボの「親衛隊」報道を受けて、リオ市議会では市長罷免審議を開始するかどうかまで話し合われ、結局は流れた。
続けざまにグローボは9月12日に「リオ州検察局はクリヴェラ・リオ市長がウニベルサル教会を使って、60億レアルもの資金を資金洗浄していた疑いで捜査開始」と追い打ちをかけた。
さらに9月13日付でグローボは「公務員向け医療契約と引き替えに、リオ市役所の賄賂部隊は150万レアルを受け取っていた」とも続報した。
11月の選挙を目前にしたタイミングであり、クリヴェラ市長には相当な痛手となっただろう。
倍返しするレコルジ
これに対して、レコルジ局の看板番組ジョルナル・ダ・レコルジは、翌日から立て続けにグローボ・グループの疑惑追求シリーズ「O Lado Oculto do Império」(帝国の隠された裏側)を放送した。14日から19日まで8日間連続で、計71分間もの疑惑追及ニュースだ。
14日は「90年代に違法に海外送金していた」とか「グローボ所有者マリーニョ家所有の別荘がパラチ海岸の自然保護区内に違法に建てられている」とか、「コパカバーナ海岸沿いの超高級アパートを不法改修してマリーニョ家の1人が住んでいる」など、これでもかこれでもかと放送した。まさに「倍返し」の世界だ。
普通、グローボのニュースを見ている人は、レコルジのニュースは見ないし、その逆もまた真だ。だから、テレビだけ見ていると気付かないこともあるが、今はそれがユーチューブなどにも投降されて何十万人から視聴される。2局の間には、熾烈な競争が行われている。
リオ市という場所は、グローボの本拠地であると同時に、ウニベルサルの発祥の地にして今でも多数の信徒を抱える場所だ。多数の信徒がいるからクリヴェラ市長が当選したのであって、クリヴェラ派の市議会議員が圧倒的多数を占めるから、クリヴェラ氏はなかなか罷免されない。
そのクリヴェラ氏を、反グローボという志を共にするボルソナロ大統領が強く推している。
政党まで持つ教団に
同じ構図は、実はサンパウロにもある。クリヴェラ氏の代わりといえるのは、セルソ・フッソマーノ氏だ。彼はレコルジ局の看板番組「Hoje em Dia」「Cidade Alerta」の人気レポーターだ。視聴者からの苦情を受けて出動し、その視聴者と問題が起きている人物や会社との間に入って争いごとを調停・解決するという形式の番組をずっとやっており、サンパウロ庶民から「我々の味方」という根強いイメージを持たれている。そのテレビ人気があるから、いつも選挙戦の最初で支持率トップに立てる。
そして大事なのは、ウニベルサル教会が事実上支配する政党があるという点だ。政党「共和主義者」(Republicanos)だ。そこにクリヴェラ氏やフッソマーノ氏が所属している。
共和主義者党の会長はウニベルサル教会の牧師で、マルコス・ペレイラ下院議員(サンパウロ州選出)だ。2005年に政党登録が終了した比較的新しい政党だが、党員はすでに47万8千人もいる。連邦下議32人、上院議員2人、州議42人、市長106人、市議1606人も抱える堂々たる中堅政党だ。
新党「Aliança pelo Brasil」結成をぶち上げてPSLを脱党したものの、未だに設立のメドが経っていないボルソナロ大統領にとっては、2人の息子を預かってもらっている避難所的な政党になっている。長男のフラビオ上議、次男のカルロス・リオ市議がそうだ。
昨年の9月の独立記念日パレードには、マセド氏がブラジリアに招待され、大統領のすぐ近くに座っていたことが報道されている。近い関係であることは間違いない。
グローボを追い上げるレコルジ
ブラジル地上波TV業界(TV aberta)は今、下克上のまっただ中にいる。その代表がグローボ対レコルジだ。現時点ではまだ大きな差があるが、徐々に縮めてきていることは間違いない。
【表1】にある通り、2001年のグローボの視聴率は50・1%を誇っていた。圧倒的であり〝テレビ界の帝王〟にふさわしい数字だった。
それが2020年現在では33・9%まで落ち込んできている。それでも十分にすごい数字だが「この落ち方であと20年経ったらどうなるか」と考えれば、安泰ではないことが分かる。
逆にレコルジは2001年に9・3%だったのが、2020年には11・8%に伸ばしている。大きな伸びではないように見えるが、全5局中でレコルジ以外は全部、視聴率を下げている。その中では孤軍奮闘している意味は大きい。
そしてパンデミック中の6月12日、グローボの朝のニュース番組「ボン・ジア・ブラジル」の合間に、異例なことにペンテコステ派教会のコマーシャルが入った(https://telepadi.folha.uol.com.br/fora-do-comum-na-globo-comercial-de-igreja-pentecostal-ganha-vez-na-emissora/)。
さりげなく、物事はだんだんと変わっていくのだろう。
グローボがここまで視聴率を落としている大きな要因には、「ケーブルテレビ」(TV por assinaturaのこと。例えばNET, Sky等々)、「ストリーミング」(インターネットを通してみるチャンネルのこと。Netflix, GloboPlay, Amazon Prime Video, YouTube, PlayPlus, Google Films)の普及がある。
例えば、NHK国際放送を見ていれば、視聴率調査では「ケーブルテレビ視聴中」という風に現れる。ユーチューブを見ていれば「ストリーミング視聴中」に計算される。
従来、ケーブルテレビの方が視聴率は高かったが、このパンデミックの最中に変化が起きている。外出自粛によって「巣ごもり」するようになったのに伴い、この5月にストリーミング利用者の方が多くなったのだ。
地上波テレビやケービルテレビがテレビ受像器に縛られているのに対して、ストリーミングの特徴はセルラーやタブレット、コンピューターでも視聴できる点だ。通勤時間、出先の待ち時間、仕事中にこっそり見ることも可能だ。
オリャール・ジジタル・サイト記事6月9日付(https://olhardigital.com.br/noticia/servico-de-streaming-supera-audiencia-da-tv-paga-no-brasil/101892)によれば、この5月、ケーブルテレビが14・1%だったのに対し、ストリーミングは14・6%を記録し、初めて逆転したという。
つまり、視聴率1位は3割強のグローボだが、その次はストリーミング、続いてケーブルテレビという時代になった。今年の第1四半期だけで60%もストリーミングの視聴率は上がった。その結果、世界でも6位のストリーミング市場を有する国になった。
ちなみに、オリャール・ジジタル6月29日付(https://olhardigital.com.br/noticia/amazon-prime-foi-o-streaming-que-mais-cresceu-no-brasil-no-1-semestre/102770)によれば、6月時点でストリーミング1位は文句なしにNetflixの30%だ。2位がAmazon Primeで23%、3位がGloboplay19%、HBO Go7%、Telecine Play5%、残り16%がその他のサービスだ。
この中でダントツに勢いがあるのはAmazon Primeだ。ブラジルでサービス開始したのは昨年9月。早々に4位になっていたのが、パンデミック期間に一気に2位まで追い上げた。昨年9月からの期間において、世界のAmazon Primeで最も成長したマーケットがブラジルだった。月9・90レアルという格安価格が利いた。それでディズニーやマーベルの映画なども見れるワケだから、お得感がある。
それだけストリーミングで出てくる内容が、世論に影響を与える。つまりテレビのニュースよりも、インターネットの動画の方が見られる時代になった。
そしてインターネット上には反グローボ的なユーチューバーが相当数いて目立っている。グローボはこれからも、じわじわと陣地を狭めていくのかもしれない。
「教皇は悪魔、グローボはフェイク」と言う子供
10年ほど前、リーマンショックの後に失業して日本から帰伯した日系家族がいた。日系三世である夫だけ仕事を探して日本に残り、驚いたことに日本人妻と子供2人だけがブラジルへやってきて、サンパウロ近郊に住む夫の母親(二世)に預けられた。日本人妻も子供も当然、ポルトガル語は分からない。
子供は10歳前ぐらい。そのまま日本で学校に通っていれば「普通の日本人」として育っただろう。だがブラジルに連れてこられた。しかも人格形成期の小学低学年の学齢期だ。こちらで学校に行っても理解できず、「家に引きこもって、おばあちゃんに連れられて毎日のようにキリスト教会に通うようになった」と聞いた。
数カ月してその家族に会うと、子供がポルトガル語をしゃべり始めており、「パパ(ローマ教皇)は悪魔だ。グローボはフェイクニュースばかりを流すひどいテレビだ」としきりに言うようになっていた。
それを聞いて、ピンと来るものがあった。「ウニベルサルに通っているのか?」と尋ねると、うなずいた。
当たり前だが、日系社会もブラジル社会の一部だ。グローボ対レコルジという対立構造は、間違いなく日系社会にも影響を与えていくに違いない。(深)