最近、グローボTV局の看板キャスターが次々に画面から消えていることを不審に思っている読者も多いだろう。どこへ消えたのか――。実はその大半はCNNブラジルに行き、「グローボもどき」になっている。移籍報道を読むと「待遇の悪さから辞職した」などの当人たちの生々しいコメントも結構出ている。
CNNは有料チャンネルだがお試しサイト(https://www.cnnbrasil.com.br/ao-vivo)があるので、試聴できる。
いったい「ブラジル・メディア界の帝王」グローボに何が起き、米国の「黒船」メディア、CNNブラジルにはどんな素性があるのか――。
次々に消えるグローボのニュースキャスター
グローボTV局の特派員として東京からアジア情勢を伝え、2018年まで5年間も駐在したマルシオ・ゴメス(Márcio Gomes)氏が、10月にCNNブラジルへ移籍した。つい最近まで新型コロナウイルスコーナーを持って活躍していた
彼はグローボ局に1995年から勤めている生え抜きだ。その彼が移籍を決断した。よく見ると同様に今年グローボからCNNに移籍したジャーナリストが約10人もいた。
例えば、サンパウロの朝や昼のニュースの顔の一人、グロリア・ヴァニッキ(Gloria Vanique)氏の移籍に関して、イストエ誌電子版10月27日付(https://istoe.com.br/salario-baixo-e-bronca-da-direcao-teriam-tirado-gloria-vanique-da-globo/)は、《グロリアの月給は1万5千レアル程度と推測されているが、2時間枠のニュース番組キャスターとしては安いと言われる。昨年CNNから移籍を打診された際、彼女は最初断った。グローボがその分、昇給してくれると期待したからだ。その後、番組幹部から「おふざけコメントが多すぎる」と文句を言われるなど意見が合わず》移籍に至った。グローボ時代よりも高給を得ていると報じられている。
モナリザ・ペロネ(Monalisa Perrone)氏はカーニバル特番でも活躍、早朝ニュースの看板キャスターをつとめていたが移籍した。
22年間も在籍してファンタスチコ、ジョルナル・ナショナルに加え、2004年から2017年まで昼のニュースジョルナル・オージのアンカーをしていたエヴァリスト・コスタ(Evaristo Costa)氏も、今年3月からCNNに加わった一人だ。
ジャーナリズム重鎮ワッキ、ガルシア両氏も
昨年6月4日、CNNが最初にアナウンスしたジャーナリストの一人は、国際事情に強く高名なウイリアム・ワッキ(William Waack)氏だった。
2017年11月までグローボTV局の夜中のニュース番組ジョルナル・ダ・グローボのアンカーをやっていた。米国選挙を取材中、控え時間に、道行く車からクラクションを鳴らされたのに怒って「これは黒人の仕業に違いない」と不用意に言ったのが、周辺にいた人の録音に残り、それがリークされて「人種差別発言だ」と当のグローボに問題にされクビになった。
社内リークの可能性が高いため、社内の権力闘争に巻き込まれてはじき出されたとの見方もあった。長年献身してきたメディアから手のひらを返されるように冷たく追い出された気持ちは、想像にあまりある。
またニュース解説者として活躍していたアレシャンドレ・ガルシア(Alexandre Garcia)氏も、2018年12月に30年間勤めたグローボから退職していたが、この7月からCNNで働き始めていた。
後者2人はグローボの中でも重鎮ジャーナリストとして知られていただけに、その後の動向が注目を集めていた。そこにCNN入りが公表され、「やっぱり」との声が上がった。
とはいえグローボ・グループは近年の経営不振から大幅な人員削減をしている真っ最中であり、その流れをCNNが上手に利用したという部分はある。
グローボは今、大物俳優も続々と契約を打ち切っている。今年に入ってからだけで、「ジジ」で知られるレナート・アラゴン、アントニオ・ファグンデス、喜劇「サイ・デ・バイショ」で有名なミゲル・ファラベーラ、ジャーナリストではゼッカ・カマルゴなどが契約を切られた。
米国からやってきたこのメディア界の「黒船」CNNの開設経緯はどんなものなのか。
世界最大のグローバルメディアCNN
CNNは米国ジョージア州アトランタに本社を置く、ケーブルテレビおよび衛星放送向けのニュースチャンネルだ。1980年にテッド・ターナーによって世界初の24時間放送のニュース専門のチャンネルとして設立された。
米国版放送CNN・USはケーブルテレビや衛星放送を通じて1億世帯で視聴可能と言われる。1985年に開始した国際放送「CNNインターナショナル」は200以上の国と地域で視聴可能な世界最大のグローバルメディアだ。
近年は世界の特定の地域や言語に向けたローカルメディアを立ち上げる事にも積極的。米国内や中南米を主な市場とするスペイン語圏向け放送「CNNエスパニョール -」、アラビア語版、トルコ語版、インドネシア版、フィリピン版、チリ版、スペイン版、メキシコ版、インド版、日本向けもある。
その流れで今年3月からCNNブラジルも始めた。ブラジル現地の独自取材を中心にしながら、米国本社のネタも織り交ぜて報道している。同じケーブルテレビ局としてのライバルは、グローボが誇る24時間ニュース専門チャンネル「GloboNews」だ。このカテゴリーではこちらが当然1位だ。
CNNブラジルはパウリスタ大通りに局を構え、700人の社員中、400人はジャーナリスト。各局から引き抜かれているが、目立つのは「メディアの帝王」グローボのサンパウロ支社の看板キャスタークラスの移籍者の多さだ。
「隠れた億万長者」が持ってきたCNN
では誰がCNNをブラジル持ってきたのか。創立者はルーベンス・メニン(Rubens Menin)氏とドウグラス・タヴォラロ(Douglas Tavolaro)氏の二人になっている。だが前者が社主で、後者は雇われ社長だ。
前者は、ミナス州ベロオリゾンテに本社を置く最大手の不動産企画開発会社(Incorporadora)「MRVエンジェニャリア(MRV Engenharia)」の共同創立者だ。サイト(https://www.mrv.com.br/)。
「Incorporadora」とは建設計画の企画立案、土地取得などのプロジェクトマネジメント全般をする会社だ。ここが建築会社に仕事を発注して建てさせ、不動産会社に発注して物件を売らせる流れになる。
「ミニャ・カーザ・ミニャ・ビーダ」などの中低所得者層向けの不動産開発に強みがあり、1日に100戸以上の不動産を販売する。昨年の営業成績は過去最高で、前年比7・3%増の3万9660戸を売り上げた。
メニン氏は「隠れた億万長者」と考えられており、その財産は158・7億レアル(約3042億円)と推定されている。メニン氏はネット銀行「バンコインテル」(BancoInter)の創設者としても知られる。それゆえ同ネット銀行本社とCNNブラジルは同じビルに入っている。
そのメニン氏が19年1月にCNNとライセンス契約を交わし、タヴァラロ氏を社長に選んで、共に創立者として並べた。
ラヴァラロ氏はまだ43歳で、若くしてレコルジTVの副社長だった人物だ。なぜレコルジTVから副社長を連れてきたかと言えば、もともとCNNブラジル立ち上げは、レコルジTV(7ch)が行う計画だった。だが同局は、福音派ネオペンテコスタル派の神の国ウニベルサル教団の創立者エジル・マセドが社主であり、そこと深い関係のあるブラジル共和者党(PRB)などの政治的・宗教的な偏りが問題となり、CNNとの契約が結べなかったという。
「後ろにウニベルサル教会」と左翼メディア
19年1月16日付ブラジル・デ・ファット紙サイトの記事「誰がCNN上陸の後ろにいるか」(https://www.brasildefato.com.br/2019/01/16/quem-esta-por-tras-da-chegada-da-cnn-no-brasil)には、次のような分析が書かれている。
《CNNブラジルのCEOはジャーナリストのドウグラス・タヴォラロで、彼はレコルジTVの副社長を14年間やってきた。彼は叔父であるエジル・マセド、ウニベルサル教団の創立者の伝記の共著者でもある。レコルジTVは2番目の視聴率を誇るテレビ局であり、ジャイル・ボルソナロから当選後最初の独占インタビューをとるために新政権寄りの立場を選んだ》と冒頭に書かれている。
同紙によれば、ラヴァラロ氏はレコルジTV局が2016年に制作した長編映画『Os Dez Mandamentos(十戒)』のプロデューサーの一人でもある。15年に同TV局で放映されたノヴェーラ(帯ドラマ)に新規撮影シーンを入れて再編集した映画だ。
同教会肝いりの作品で、傘下の教会がこぞってチケットを購入する運動をやった結果、1970年以降のブラジル国産映画としては最高の売り上げを記録した。だが、信者が寄付購入したケースが多く、実際の観客席はガラガラだったとの報道があったことでも有名になった映画だ。つまり、同TV局と教団の関係の深さを象徴する映画でもある。
同紙サイトは、「MRVエンジェニャリアは、エジル・マセドの伝記『Nada a Perder』をベースに作られた映画に出資している。映画に協賛するだけでなく、このMRVエンジェニャリアは2018年選挙の候補者に対して2番目に多い額を寄付した企業家でもある。同社は23人の候補に合計260万レアルを寄付した」とも書く。それだけ政治にも深い興味を持つ人物だと強調する。
表向き「エジル・マセドと関係ない」と強調
ただし、「CNNブラジル社主は、エジル・マセドとは関係のない報道方針を保つと言う」(https://www.sul-sur.com/2019/01/dono-da-cnn-brasil-diz-que-jornalismo.html)との報道もある。
いわく《私(メニン氏)は今まで、いろいろな企業家仲間との間で、ブラジル大手メディアの財政状態が心配だという会話を交わしてきた。それは大変悪い》《ある共通の友人を通して、CNNブラジルのプロジェクトを紹介され、これは投資するべき時が到来したと感じた》と語っている。2018年の始めぐらいからCNNを傘下に置くターナーと交渉を始めた。
このブラジル・デ・ファット紙は2003年にポルト・アレグレで開催された「世界社会フォーラム」を機に創刊された、週刊左派メディアとして有名であり、少々偏った見方をしている部分もありそうだ。だが左派がそのような見方をしていることは知っておいていい。
エジル・マセド氏がレコルジTVでは実現できなかったこと、例えばグローボからの看板キャスターの引き抜きなどが、米国発の世界最大メディア「CNN」の名の下では起きている。冒頭で見てきたように、グローボの「ニュース番組の顔」が骨抜きにされた。
さんざんグローボから批判報道をされて苦水を呑まされてきたウニベルサル教団からすれば、快哉を叫びたくなる状態になってきている――とも言えそうだ。
有料チャンネル「GloboNews」の視聴率は、グローボ局を目の敵にするボルソナロ大統領が就任した昨年1月から同10月までの間に35%も落ちた(https://www.uol.com.br/splash/noticias/ooops/2019/10/10/em-2019-globonews-ja-perdeu-mais-35-de-sua-audiencia.htm)。大統領が敵対視する発言を繰り返した影響が出たと推測される。
ただし、今年3月以降、パンデミック報道が始まってから逆に70%も視聴率が伸びた(https://www1.folha.uol.com.br/colunas/monicabergamo/2020/03/crise-do-coronavirus-faz-audiencia-da-globonews-saltar-70.shtml)。取材力の強さが光る。つまり、「GloboNews」の視聴率と、ボルソナロ大統領の支持率は反比例に近い不思議な関係がある。
反トランプのCNN本社と路線の矛盾は?
経営不振にあえぐグローボTV局に残された最後の牙城は、なんと言ってもこの「ジャーナリズムの強さ」だ。その表看板は「ジョルナル・ナショナル」などの地上局ニュース番組と、有料チャンネル「GloboNews」だ。なかでも後者は、地上波放送の収入が減少する中において、グローボ・グループの生き残り戦略の本丸といえる新型メディアだ。
その本丸を弱体化させようと、米国ブランドを担いで殴り込みをかけてきたようにも見える。「反グローボ」の方向性は明確だが、CNN本社は反トランプの急先鋒だ。
もしも本当にウニベルサル教会がCNNブラジルに隠然たる影響力を持っているなら、レコルジTV同様に親ボルソナロ報道をさせたいだろうが、そうはなっていない。ブラジル支社だけ路線を変えるのは難しいと思われる。だが政治家はしょせん人気商売であり、いずれ入れ替わる。「グローボ弱体化」こそが、CNNブラジル導入の主目的だと割り切っている可能性もある。
CNNブラジルは始まったばかりだが、すでに何度か視聴率で宿敵「GloboNews」越える瞬間も記録したという。固唾を呑んで成り行きを見守りたい。(深)