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中島宏著『クリスト・レイ』第97話

 でも、駄目だった。その気持ちは日増しに高まっていくばかりで、コントロールが付かなくなって行くような雰囲気だったわ。そこで、あなたはこのことを、つまりこの私の気持ちの変化を感じ取っているか、いないのかを探ってみようと思ったの」
「で、どうでした。僕のその時の気持ちが分かりましたか」
「ところが、それがまったく反応ゼロでね、ああ、やはりこれは私の一人芝居にすぎないんだというふうに解釈したわ。何しろ、マルコスったら、まったくそういう素振りもなく、多少でもこちらの気持ちに反応するものがあるのかと思ったら、全然なし。
 この男は、女性に対してまったく鈍感なのだ、と勝手に解釈してたわ」
「アッハハハハ、、マルコスという男は、どうしょうもなく鈍いんだと考えたわけですね。僕はどうしょうもない男だったんだ、アヤにしてみれば。アハハハ、、、」
「そうなの。これは、恋愛の対象にはならない間柄なんだと、そのときは考えたわ。でも、それだけではなくて、違う方面からも考えてみたわ。つまりね、私が日本人であるということに、マルコスはこだわりを持っているのじゃないかとも考えたわけね。
 もちろん、あなたはそんな偏見を持っているようにも見えないし、むしろ、日本や日本人に対してすごく興味を持っていて、日本人だからというこだわりなどまったく感じられなかったから、まさかとは思ったけど、でも、人は見かけによらないともいうから、マルコスは心の奥底では、本当はそれほど関心を持っていないのではないかとも考えたわ、日本人にも、この私にもね」
「それは、マルコスという男に対して、かなり懐疑的な見方だし、相当な不信感がそこにはあったということになりますね」
「だって、何の反応もあなたの中に見出せなければ、そう思っても不思議はないでしょう。あれか、でなければこれか、と思い巡らすのも当然のことです」
「鈍感なのか、偏見を持っているのか、ということですね。残念ながらそのいずれでもなかったけど、そうですか、僕は僕でアヤはそういう問題には触れたくないように見えたから、てっきり、この僕には興味がないのだというふうに考えていましたよ。
 だからこそ、そういう素振りは一切、見せてはいけないと僕はそう解釈していたのです。もちろん、あなたが僕に対して一生懸命教えてくれたことは気が付いていましたが、しかしそれは、あくまで勉強の範囲でのことであって、たまたま僕の日本語の上達が普通よりも早かったせいで、そういうことになったのだと思っていました」
「それは確かにそうだけど、そのうちにそれだけではなくなっていったわけね。でも、先生という立場の私は、勉強以外のことで気持ちを高ぶらせては駄目だと、懸命に抑えていたということね。何だか変な話になったけど、結局これは、お互いが同じようなことを考えて、そして、同じように辛抱していたということになるわね。こういうとき、日本人は、あまりあからさまに、直接気持ちを伝えることはしないところがあるの。
 だから私が、マルコスを日本人みたいだと言うのは、そういう意味からよ。あなたの態度は、何を考えているのか分からないといった日本人の特徴に近いといえそうね」
「それはね、僕の性格というよりも、アヤに対する敬意といったらいいのかな、要するに、日本人の持つ習慣とか文化に対して尊敬の念を持つといったことですね。