《2021年は、人類が(新型コロナウイルスに対して)防御から攻撃に移る年になります。未感染者に対して、ウイルスとワクチンのどっちが先にゴールに到達するかという競争を観察する年になりそうです。このレースのスタート地点は、すでに感染して免疫を持っている15%から25%の国民で、免疫所持者が70%から90%になったところで終了します》
生物学者フェルナンド・レイナッキ氏はエスタード紙26日付コラム(https://saude.estadao.com.br/noticias/geral,vacinacao-e-eficacia-e-velocidade,70003562925)でそう書いた。新年はコロナ禍に対して、やられるばっかりでなく、人類から攻撃する年になると位置づけている。力強い一言だ。
とはいえ、彼は事態をまったく楽観視していない。《ブラジルの人口は2億1千万人。すでに15%が感染済みで抗体を持っているとして、残りは1億7800万人。現在の1日当たりの公式感染者数は6万人とされていますが、疫学調査の結果からは実際には毎日30万~60万人が感染していることが分っています》と書く。
公式感染者数は氷山の一角に過ぎない。ペロッタス連邦大学の全伯抗体調査(EPICOVID19-BR)によれば、実際の感染者は公式数字の7倍いると推測する。だから公式数が毎日6万だとすれば、実際はその7倍の42万人いると見た方が良い。
さらに《もしウイルスが毎日50万人ずつ感染を拡大させるなら、1年で1億8200万人に感染するから、その時点で競争はオシマイになる》。つまり、ワクチン接種よりも先にウイルスが全人口に感染したら、競争は負けで終わる。
単純計算では、今からワクチン接種が始まっても、1年以内に未感染者全員にワクチンを打ち終わらないと、ウイルスとの戦争に負けることになるという。
来年は毎日100万回分以上の接種が必要?
レイナッキ氏は次のような計算をする。もし有効率95%のワクチンなら毎日50万人以上に接種すれば、ギリギリだがウイルスに勝てる。有効率50%のワクチンならその2倍、毎日100万人以上に接種する必要がある。しかも、いずれもその有効率を得るためには、ワクチンを2回ずつ接種する必要がある。
つまり、有効率50%のワクチンなら毎日200万人に接種する計算になる。そのような大量のワクチン供給が実際に可能なのか疑問だ。新年は接種日程を巡って、かなりドタバタすることは間違いない。
ちなみに本紙11月10日付『《サンパウロ州》中国製ワクチンが20日到着=年末までに600万回分』記事にある「600万回分」は一見多いように見える。だが、全ブラジル規模の接種に使うなら1週間分にもならない。
本紙17日付《コロナワクチン接種開始「2月の半ば頃」=保健省が接種計画を発表=英米製中心だが中国製も購入対象に》(https://www.nikkeyshimbun.jp/2020/201217-11brasil.html)の記事中に、《連邦政府はすでに2021年用に3億5千回分のワクチンの購入交渉を行っているという。これをもって、1億7500万人の伯人に対するワクチン接種を施したいとしている》というのは、未感染者数を1億7500万人と見積もっている計算になる。
この計算からも、すでに感染して抗体を持っている人は接種対象に入っていないことが分る。ボルソナロ大統領はじめ、感染済みで抗体を持つ人の分まで確保するのは難しいと考えているようだ。
3億5千回分のうち、3分の2を占める2億1千万回分はイギリスのオックスフォード大学とアストラゼネカ社が開発するワクチンとされる。
注目株の米モデルナと米ファイザーのワクチンは有効率90%以上の好結果だが、値段が高く、マイナス70度で保存する必要があり、ブラジルには不向きだ。
このオックスフォードとアストラゼネカのワクチンは安価で、普通の冷蔵庫(摂氏2~8度)で保管できるため、ブラジルでも輸送・管理しやすい。ただし有効率は62~90%。「接種量を調整することで有効率が90%に達することもある」という正式な結果待ちの製品だ。
だが前者のモデルナ製にしても、アストラゼネカ製も完全な完成品ではなく、緊急使用許可だけ。「緊急使用だから、副作用がでても製薬会社は一切責任を取らない」との一文が国との契約書にあると報道されている。
従来、ワクチン開発には5~10年かかるのが常識とされてきたが、今回は1年未満で緊急使用にこぎ着けている。それはこの二つのワクチンは、従来型の製造手法ではなく、ウイルスの遺伝子情報mRNAを使った新型製造手法のおかげで開発が飛躍的に早まったと言われている。だがその分、実験的な側面が強いワクチンだ。
発表再延期で信憑性が下がるシノバック
欧米で緊急接種がはじまったそのアストラゼニカ製やモデルナ製に対し、サンパウロ州政府がしゃかりきになって進めているのは中国製ワクチン「シノバック」だ。第三段階の治験結果発表が再延期されたことで先週の話題をさらっていた。
本来は15日に発表されるはずだったが23日に延期され、それが突然、再延期された。再延期を発表する際、ブタンタン研究所のジマス・コーヴァス所長は「コロナバックは少なくとも50%以上の効用がある」という発言をし、むしろ信頼性を下げる反響を招いている。
しかもドリア州知事が米マイアミに休暇で行っている最中だった。サンパウロ州民には「年末休みはサントス周辺の海岸立ち入り禁止」を発表しておきながら、自分だけは米国の海岸リゾートでこっそり楽しんでいる姿を明らかになり、州民の不評を買った。
50%以上あれば承認されるのが国際基準だが、先行ワクチンが90%以上(アストラゼニカも調整次第で90%以上)だったため、60%や70%でも低い印象を与える。
ウォール・ストリート・ジャーナル11月19日電子版『中国シノバックのワクチン候補、抗体レベル不十分か』記事(https://jp.wsj.com/articles/SB12568854467051094782604587107240368177720)には、《医学誌ランセットで今週発表された治験の結果によれば、シノバックのワクチン候補は1回目の接種から28日以内に抗体を作り出したが、そのレベルは新型コロナに感染したことがある人より低かった》という報道もあった。
ただし、 ロイターによれば《[アンカラ 24日 ロイター] – トルコで行われた後期臨床試験(治験)の中間データによると、中国の科興控股生物技術(シノバック・バイオテック)が開発した新型コロナウイルスワクチンの有効率は91・25%となった。
23日にはブラジルの後期治験でも同ワクチンの有効率が50%以上であることが示されたが、会社側の要請により完全な結果の発表を保留するとしており、治験の透明性に関して懸念が生じている》と報じられている。
つまり、シノバックのトルコでの治験では90%と発表されており、ブラジルだけ数値が低いと検査の信憑性、整合性自体が疑われるとの問題もある。
シノバックはインドネシアでも治験が行われている。ウオール・ストリード・ジャーナル27日付電子版(https://jp.wsj.com/articles/SB11057783252167604239504587121090747383210)には、《少なくともインドネシアは、中国製ワクチンの承認を保留している。同国の食品医薬品当局トップは先週、中国製薬大手の科興控股生物技術(シノバック・バイオテック)が開発したワクチン候補の緊急使用許可(EUA)に関して、国内で行われている治験の暫定結果が得られるとみられる来年1月下旬まで遅らせる考えを示した》と慎重な姿勢を見せている。
ブラジルの発表延期を受けて、フィリピンでは購入反対運動が起きているという。『中国シノバック新型コロナワクチン 効果はわずか50%…フィリピンで「購入反対」意見拡散』(WoW!Korea16日版ヤフーニュース)には、発表再延期を受けて《このような分析結果にフィリピンの与野党議員がワクチン購入に反対したのだ。「わずか50%の予防効果しかないワクチンを確保しようとする計画は受け入れられない」「ワクチン接種後にも新型コロナウイルスにかかる可能性が50対50というのはおかしいことだ」など、反対意見が出ている》との反響がでている。
時事通信12月17日付電子版『中国が仕掛けるワクチン外交 「健康のシルクロード」建設着々』(https://www.jiji.com/jc/article?k=20201217040959a&g=afp)という記事も気になるところだ。
その書き出しは、《【北京AFP=時事】世界の富裕国が供給量に限りのある大手製薬会社の新型コロナウイルスワクチン確保に奔走する中で、中国は積極的に、資金力の弱い国々に中国製ワクチンの提供を申し出ている。だが、その気前の良さは100%利他的なものとはいえない。中国政府が求めているのは外交上の長期的な見返りだ》というもの。たしかに先進国で中国製を調達しているところはない。
いずれにせよ、当初12月中旬に発表しようとしていたサンパウロ州政府のやり方に、かなり前のめりな印象を受ける。キチンとしたデータ公開をしてほしいところだ。
なぜ発表できないのか?
このサンパウロ州政府の前のめりな姿勢に関して、前述のレイナッキ氏は14日付同コラム(https://saude.estadao.com.br/noticias/geral,e-indesculpavel-nao-sabermos-ainda-o-que-esta-acontecendo-com-a-coronavac,70003551901)で、実は治験結果発表は当初、10月20日に予定されており、それが12月15日に延期され、さらに23日に再延期され、今回は「再々延期だった」という。
14日の治験結果発表の延期に関して《結果発表の延期は、何か問題があるとの疑いを思い起こさせる。この件に関する不透明性さは、州民に対する説明サービスの欠如》とし、延期された理由の候補を三つ推測している。
《この第3段階の治験が始まったとき、結果発表はもともと10月20日に約束されていた。それが12月15日になり、延期された。この時点ですでに最低限必要な151症例を越えた170症例が集まっていたことは発表されたのに、臨床データは公開されなかった。ファイザーは約160症例をもって90%以上の有効性という結果と症例データを発表していた。
だが、ブタンタン研究所は発表しなかった。しなかった理由として考えられるのは、これほど短期間に重要な調査をしたことがなかったため、何らか問題が調査に生じた。それなら、問題を修正して新しい調査をする日程を発表するべきだ。
二つ目は、結果ははっきりと出ているが、発表するには不都合なぐらいに効き目が悪いということだ。そうなら隠そうとしたり、結果を公表しないのは犯罪スレスレの行為といえる。ワクチンが効かないのは治験をした人の責任ではない。ワクチンの効きが悪いのなら、予防接種の日程に影響を与える。治験結果が出る前から、接種をいつから始めるという日程を発表すること自体、政府として非常に無責任と言わざるを得ない。
三つ目の可能性としては、治験結果は出ており、ワクチンに効き目は証明されているが、連邦政府とのやり取りを有利にするためにこの情報を出すタイミングをはかっていることだ。もしもこ情報を政治的に利用しようとするなら、これは最も汚いワクチンの利用法だ》とまで踏み込んだ指摘をしている。
本当に足りるのか? 義務化しても大丈夫か
興味深いことにこの「ワクチン政争」には、最高裁まで巻きこまれている。本紙19日付《《ブラジル》最高裁判断 自治体のコロナワクチン義務化権限を認める=宗教、哲学的理由の拒否却下=ボルソナロ「だが国は義務化しない」》(https://www.nikkeyshimbun.jp/2020/201219-11brasil.html)にあるように、州政府などが市民に対してワクチン接種を義務化するかを決める権限があるとの判断をくだした。
だが、ボルソナロ大統領は「国としては義務化しない」と明言しているから矛盾が生じている。義務化するなら必要なワクチンを供給する義務が生じる。だが肝心の保健省は、来年ではワクチン供給量が間に合わないと発表している。
接種計画では来年接種されるのは優先順位の高い高齢者や医療従事者、キロンボ住民や先住民などの人で、若年層は22年に先送りになると発表している。
「義務」には「権利」がつきものだ。州政府がワクチンを市民に義務化するならが、市民には、接種を受けなければいけない義務と、接種を受けることができる権利が生まれる。それと同時に、州政府にはワクチンを用意する義務と、市民に打ってもらうことを強制する権利が生じる。
そこで疑問だが、ワクチンが足りない場合、義務化できるのか? 接種を受ける権利がある市民は、ワクチンが足りないとなれば当然、行政にその責任を問うだろう。
あと、接種によって重篤な副作用が生じた場合、誰が責任を取るのかを前もって明確にするべきだ。州政府が義務化するなら、当然、州政府にもその責任の一端はあるだろう。どんなワクチンでも若干名の副作用は出る。しかも実験段階のワクチンであれば、なおさらだ。
本来なら連邦政府と州政府が一体になって取り組まないといけない。これだけの大事業を、自治体ごとにバラバラにやることは想像できない。ワクチン確保とその流通、接種人員や接種場所の確保は一体にならないとできない。だが、肝心の保健省が「来年中には必要量が確保できない」と明言している。義務化して足りなくなった時の責任は誰が取るのか? ワクチンは世界的な大争奪戦になっており、確保が難しいことは明白だ。
もちろん、レイナッキ氏が言うとおり、《免疫所持者が国民の70%から90%に》ならないと行けない。義務化した選挙ですら実際に投票しない国民は2~3割いる。その現実を思えば、ムリを承知で「義務化」というぐらいがちょうど良いのかもしれない。
結局は「ウイルスとの共生」が新しい日常に
おそらく60歳以上は優先されるから新年中には接種の順番が回ってくる。だがそれ以下の年齢層は期待しない方が良さそうだ。ワクチンを打った高齢者も、次々に出てくる変異体にはどの程度効果があるのか分らないから完全にガードを下げてはいけない。
結局は日常的にマスクをつけ、人との接触には常に気をつけるという「ウイルスと共生」生活に慣れて、それを「新しい日常」にしていくしかない。
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さんざんな2020年だったが、2021年にワクチン接種が始まれば景気にも好影響を与え、経済にも明るい材料が溢れてくる。
来年は、日系社会も完全にリセット(立て直し)した形になる。良い意味で体制を立て直し、日系社会を挙げて2022年の「ブラジル独立200周年」を皆で祝うようなプロジェクトが始まっても良いのでは? (深)