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中島宏著『クリスト・レイ』第100話

 ブラジルの主要な輸出製品であるコーヒーの輸出が、それまでには見られなかったほどの減少ぶりを示し、一度に売れなくなってしまった。さらには、砂糖、とうもろこし、綿、牛肉といった輸出の牽引役ともなっていた農産物のすべてが、同じように総崩れになっていった。
 一九二0年代の後半には、ブラジルもそれなりの経済成長を遂げて、国内市場もかなりの勢いで増大し、好景気を謳歌していたのだが、そこに世界大恐慌の大波が一挙に押し寄せた。最初は、一時的な不況に過ぎないと高をくくっていた産業界も、その規模の巨大さに気が付き始めたのは、あのアメリカでの経済大恐慌が始まって、すでに半年ほどが経過した頃であった。ヨーロッパにおける第一次世界大戦後の復興景気のおこぼれに預かっていたブラジルにとって、このことは思いがけないほどの急激な状況変化であり、それこそ寝耳に水というほどの衝撃であった。
 いずれの国もそうだが、経済がきしみ音を立てて急速に悪化するとき、そこから生じて来るものは、生活の不安定に端を発した社会不安であり、国民の不満の鬱積であり、そしてその現状を打破してはねのけようとする、革新という名の新しい動きであった。
 そして、そこから政治への影響が急速に展開されていくことになる。
 一九三0年代のこの辺りから、移民の末裔たちが作り出していった中産階級や、都市部と地方の一般大衆の中から政治への覚醒が始まっていき、いわゆる革新的な思想と行動とが表れ始める。そして、その流れが徐々に大きくなって行くにつれて、それまでの政治に風穴を開けようとする動きがブラジル全体に拡大していき、そこから一気に革新の勢力が増大していく。
 その流れが現実のものとなったのが、一九三0年に起きた革命であった。
 革命とはいっても、このときの動きはいわば政変のようなものであり、クーデターの形をとるものであった。サンパウロ州出身のジュリオ・プレステスが大統領に当選したものの、圧倒的な強さを持つサンパウロ州勢力に反抗して、彼の就任を阻止しようとする勢力が急速に大きくなり、結局、軍部を取り込むことによって、クーデターを実現することになる。この時の勢力は、リオグランデドスール州を中心とする、反サンパウロ州のグループであり、その先頭に立ったのが、ジェトゥリオ・ヴァルガスであった。
 このクーデターによって、ヴァルガスは臨時革命政府を樹立するのだが、それに対して、当然、サンパウロ州は抵抗し、それを認めないという態度を鮮明にする。それまで、ブラジルの政界の中枢に居座り続けてきたサンパウロ州の連中にとって、これら、地方の弱小の州が集まって政権を勝手に奪うということは、明らかに暴力的かつ違憲行為であると糾弾した。
 一九三二年七月九日、サンパウロ州は、この臨時政権に対して思い切った行動に出る。武力による抵抗である。これが、いわゆる「護憲革命」と呼ばれる、サンパウロ州が単独で時のブラジル臨時連邦政府に立ち向かっていった戦争であった。これは後に、「ノーヴェ・デ・ジューリョ」(七月九日)と呼ばれる護憲革命戦争としてサンパウロ州の歴史に刻まれることになる。
 ただ、これは戦争という名前が付けられたものの、実際にこの戦闘に参加したのは、サンパウロ州、ミナスジェライス州、それにリオデジャネイロ州という限定された地域のものであり、それが、ブラジル全土に広がるという性質も勢いも持ってはいなかった。