金進卓さん(当連載第3回から6回参照)が、「ブラジル大韓老人会の次期会長候補で、『ブラジルの韓国人移民50年史』についても立派にまとめられた方です」と紹介してくれたのが、鄭夏源さん(チョン・ハウォン、82、日本語名:東田夏源)だ。
金さんが推薦するそのペンの実力のほどは、2014年に本国の韓国文人協会が主催する第23回海外韓国文学賞を、『ブラジルの韓国移民50年史』が受賞したことでも証明されている。同協会は現在約2万人の会員がおり、鄭さんもその一員。同著作は全858ページ、韓国語のみで記された重厚な記念誌だ。
「現在は文筆業で生計を立てています。老化予防には最高ですね」と笑顔で右手にできた固いペンだこを見せてくれた。ハングル文字、漢字も達筆だ。これまで韓国のメディアをはじめ、ブラジルの韓国コミュニティ紙でも精力的にコラムを執筆し、今後出版したい本のテーマもまだ4つあるという。
日本統治と独立の端境期に生まれ育つ
鄭さんは1938年、慶尚北道亀尾市で生まれた。第2次世界大戦と36年間の日本の統治が終焉を迎えた1945年には小学1年生だった。戦後の貧困と混乱が続く中、小学6年生の時には朝鮮戦争が本格化し、その後、希望を胸にソウルに上京して韓国中央大学に入学したが、1960年には4・19革命が起こり、学費も払えなくなり中退を余儀なくされた。
学生生活の間は、日本の朝日、読売、毎日、日経の4紙の新聞配達員として働いていた。当時、現在の価値で月1万円ほどに相当する契約料だったこれらの邦字紙を、韓国の企業や富裕な有識者が購読していた。
配達だけでなく、日本語の記事を読み、北朝鮮出身者が活躍するような話題は墨塗りにするアルバイトも行っていた。北朝鮮に関する悪いニュースはそのまま残されていたという。約半年間の経験だったが、この時に初めて本格的に日本語の読みを勉強した。
政治的意図での日韓対立に渇
「今の韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領は日本を敵視しています。政治的意図で国民に反日感情を植え付けようとするのは危機な時代だと感じます」と、現在と未来の日韓関係を危惧する。
「確かに戦前の36年間の日本統治は悪い面もありましたが、良い面もありました。現実にそのことを実感として知っているのは我々世代が最後です。その事は声を大にして伝え、地理的にも歴史的にも近い両国は仲良くすべきなのに、対立に向かうのは間違っているし、悲しい」と、近年の日韓関係を憂う。
鄭さんの知る所では、日本の統治が始まる以前から、韓国では特権階級が農民を搾取して韓国人同士で対立していたにもかかわらず、後で来た日本ばかりを悪く言うようになった。
さらに文大統領は、東学党の乱(1894)を巡って大日本帝国と清朝の対立が激化し、日本が朝鮮に出兵することにもなったことを上手く持ち出し、この乱で命を落とすことになった農民の子孫に賠償金を支払うという話も積極的に進めてきた。
「良識のある人々は皆おかしいと思っています」と、鄭さんは語気を強める。(つづく)