大統領「女々しい泣き言はいい加減にしろ!」
4日にボルソナロ大統領は新型コロナのパンデミックに関して、「chega de frescura e de mimimi」と演説して大反発を受けている。このポルトガル語が瞬時に理解できる人は、相当ブラジルの俗語に詳しい人だ。残念ながらコラム子には分らなかったので調べて見た。
すると「frescura」の辞書的な意味は「新鮮さ」などだが、俗語解釈では「Certo ar de feminilidade」(女性らしい雰囲気)となり、ボルソナロ的には「女々しく怖がって外に出ないこと」と言いたいのだろう。
問題は「mimimi」だ。これも俗語で、特にインターネット時代になってから一気に多用されるようになった言葉。「文句ばかり言う人がしゃべっている様子を表現した擬音語」だという。ブラジル人にはクレイマーの言葉が「ミミミー」と言っているように聞こえるらしい。
つまり、冒頭の大統領の言葉を言い直せば「コロナ、コロナと騒いでパニクって、女々しく外に出ないで泣き言ばかりを並べるのは、いい加減にしろ!」と俗語で民衆に語りかけているわけだ。
「今後2週間は戦争」という緊迫事態の中で
昨年末には19万人台だったコロナ死者は、3カ月も経たない2月24日に25万人を越えた。変異株による感染拡大が1月に入ってから顕著になり、最初は「マナウスが医療崩壊」というニュースだったのが、あっという間に全国で病床占有率がみるみる上昇して同様の状態になりつつあり、ブラジル全体がマナウス化する勢いだ。
この感染拡大の勢いは増すばかりで、とっくに昨年のピーク時である7月の「1日の死者数」をはるかに凌駕し、3日には1日の死者が1910人(保健省統計)を記録し、専門家らは「今後2週間は戦争」「最も悲しい3月となる」と表現する事態に直面している。
その緊急事態に対処するために、サンパウロ州全州も6日からより厳しい赤レベルになった。同様に、外出自粛規制を強化する決断をした州知事ら続々と出る中で、当然、彼らはボルソナロ大統領の無策ぶりを批判する表明をした。それに対して、大統領は冒頭の言葉で返しているという文脈だ。
だが、俗語を使っているコトから分るように、外出自粛強化を決めた側の権力層ではなく、その規制強化で職を失った人、収入が減った一般大衆から共感を得ようとして言っている。知事やマスコミが何を批判しても、ボルソナロに聞く耳はない。
元法相が「墓場の大統領を罷免しろ」と投稿
だが、これに対する反発の声は確実に強まっている。
「墓場の大統領」(連邦検察局、下院議会、上院議会は国を救うために義務を果たすべきだ)という強烈な意見書が3月6日付エスタード紙に掲載された。
著者は、あのミゲル・レアレ・ジュニオル元法務大臣。つまり、FHC時代の元法相にして、ジウマ大統領の罷免請求を書いた共著者が、「ボルソナロを罷免しろ!」と告発する書面を全国紙2面に掲載した。
いわく《ブラジルは未だに一定数の国民が狂信的に大統領の言葉に従って人混みを作っており、コロナに罹って入院しても酸素がなくて窒息死する恐怖を口にする人を「mimimi」と馬鹿にする。ブラジルはいつまで「黙示録の第四の騎士(quarto cavaleiro do apocalipse)」に導かれるのか?》との厳しい言葉から始める。
この「黙示録の第四の騎士」は聖書の『ヨハネの黙示録』第6章第8節に出てくる言葉で、敬虔なキリスト教信者の心には鋭く突き刺さるキーワードだろう。
というのも今、キリスト教世界ではコロナ禍を、『ヨハネの黙示録』に出てくる「世界の終末に起きると預言されている現象の一つ」ではないかとする風潮が強くなっている。
この『黙示録』は『新約聖書』の最後に章立てされており、聖書の中で唯一、預言書的性格を持つ部分だ。『黙示録』は、その扱い、解釈と正典への受け入れをめぐって、歴史的に多くの論議を呼びおこしてきた。
なぜかといえば、「ヨハネ」を名乗る著者は、世界の終末において起こる現象の幻を見たとして、そこに書き綴っているからだ。では何が世界の終末に起きるかといえば、世界の終末的な善と悪の戦争や世界の破滅(ハルマゲドン)、最後の審判、天国あるいは地獄への裁き、「千年王国」到来などだ。
預言の中で、小羊(キリスト)が解く7つの封印のうち、始めの4つの封印が解かれた時に現れるのが4騎士だ。それぞれが剣と飢饉と病・獣などの力を持って、地上の人間を殺す権威を与えられているとされる。
その中の第4の騎士は、蒼ざめた馬に乗って、黄泉(ハデス)を連れて歩き、疫病や野獣をもちいて地上の人間を死に至らしめる死神の役目を担っているとされる。
未曾有の国難をブラジルにもたらしているパンデミックを野放しにし、26万人が死んでも有効な対策を行おうとしないボルソナロを、それに喩えている訳だ。
元法相にとって、新型コロナという疫病を用いて国民に大量死をもたらすボルソナロは死神であり、「はやく罷免すべきだ」と司法専門家として厳しく論じている。
同元法相は、ワクチン購入費用として連邦の20年予算案に240億レアルが計上してあったのに20億レしか使わなかった件(フォーリャ紙3月1日付)や、連邦政府が州医療機関の集中治療室費用を年頭から削減していたが、最高裁判断で昨年末程度に維持することを命令された件などを強く非難した。
その上で、それらの行為がどんな刑法違反に値するかを並べ、連邦検察庁が大統領を告発するよう訴えた。
だが今のところ、このような訴えが実現することは難しいだろう。
布陣は固め済み、実は周到でしぶといボルソナロ
ここで気付くのは、唯一大統領を刑事告訴する権限を持つ連邦検察庁長官がズブズブのボルソナロ派であり、大統領罷免審議を開始する権限を持つ下院議長が大統領派になったことだ。
ボルソナロはすでに攻め込まれないための布陣を固め終わっている。COAFを解体し、モロ法相を追い出して手飼いの人物を置き、連邦警察人事にも目を光らせ、最高裁はじめ司法界の一部も抱き込んでいると見られる。その最後の「詰め」が2月1日の両院議長選だった。
ボルソナロ側になったセントロン派閥から両院議長が出た時点で、政界の完全に流れが変わった。それ以降、連邦政府の希望する政策案が率先して両院で審議されるようになり、司法界でもボルソナロ家に有利は判決が目立つようになった。大統領長男がこの1月に、収入に不相応な豪邸を首都に購入したのも、「もう大丈夫」という気分かもしれない。
そのトドメといえるのが産業界への口出しだ。例えば、ブラジル最大の公社ペトロブラスの総裁人事介入。大統領権限を最高に発揮できる見せ場を自ら作った。当然、市場は反発したが、ボルソナロは強行する姿勢を見せている。さらにブラジル銀行頭取も交代させる可能性が噂されている。
両公社に共通しているのは、順調に運営してきた優秀な経営者だったことだ。ペトロブラスは石油の国際価格に連動させる方針を忠実に守って利益を上げきた。ブラジル銀行も地方支店を大幅削減して支出を節約する方針を打ち出し、市場から高評価を得ていた。
だが、前者にはトラック運転手組合らが年初から40%も値上がりした燃焼価格に強硬に抗議し、後者には閉店の憂き目にある地方都市を支持基盤とするセントロンの政治家が反対し、ボルソナロはそちらの声を選んだ。
昨年までは、反ボルソナロ派のマイア下院議長がいたためにできなかった好き勝手が、今年からはできるようになった。政治評論家の中には「大統領はセントロンを両院議長につけてから、明らかに増長し始めた」と解説する人もいる。
ジョルナル・ダ・クルツゥーラの常連コメンテーターの歴史家マルコ・アントニオ・ビラ氏は最近、「ナチス党のヒトラーもそうだった。最初は選挙で当選して、徐々に合法的に専制政治化していき、あるときに一気に独裁になる。ボルソナロは明らかにその筋道を狙っている」との分析を繰り返し披露して罷免を説いている。
今の「増長」の調子がいつまで続くか分らないが、どこかの時点で「やり過ぎだ」との判断が、国民や周りから上がってくる可能性がある。
実は罷免されないように、周到に布陣が固められているが、一番の不安定要素はセントロンだ。彼らには、与党でありながらジルマ大統領を罷免したという「前科」がある。
大統領が自分たちに楯突くようになってきたら、いつでも罷免を始める。今のように「大統領の増長」が続いて意見が対立すれば、いつか「大統領VSセントロン」という段階に至る可能性がある。
今のパンデミックの第2波がいったんは落ち着いても、いずれ次の変異株が発生して第3波、第4波となれば、これから2年3年と続く可能性すらある。どんどん『ヨハネの黙示録』に詳述された「世界の終末」に近い印象を、キリスト教文化圏の人に与えるだろう。
ブラジルでは今の勢いで30万人、40万人のコロナ死者が年末までに出れば、「ボルソナロ=死神」というイメージはさらに強化され、どんなに強気に否定したところで来年の選挙では不利になる。
しかも、今のように国民の反発が高まってくれば、それを味方につける意味で罷免すれば、来年の選挙を有利に運ぶことができる状況になるかもしれない。(深)
75歳以上のサンパウロ州在住者はUBSで接種を
サンパウロ州では3日から、77~79歳の新型コロナのワクチン接種も開始している。75、76歳は15日からだ。現状ではワクチンの大半が中国製のコロナバックであることから、「他のワクチンが普及するまで待つ」という人もいると聞く。
「お金に色はない」のと同様、ワクチンにも色や国籍はないと思う。特にブラジルにおいて「自分の身は自分で守らないといけない」ことは、弊紙読者なら百も承知だろう。できるだけはやく最寄りのUBSに行って、接種を受けることをお勧めする。
一つ重要なのは、ワクチンを接種したからといって「コロナに罹らなくなる」訳ではないことだ。「コロナに罹っても重症化しづらくなる」ことがワクチンの最大の効果だ。
3月7日付けG1サイト記事(https://g1.globo.com/sp/sao-paulo/noticia/2021/03/07/mortes-de-idosos-acima-de-90-anos-por-covid-19-caem-70percent-na-cidade-de-sp-em-fevereiro-especialistas-falam-em-reflexo-da-vacinacao.ghtml)によれば、聖市では1月に127人いた90歳代のコロナ死者が、2月には39人に激減した。「1月に高齢者から始まったワクチン接種の効果ではないか」という専門家の期待の声が報じられている。そうであれば、接種が60歳代までいけば、かなり死者が減ることは間違いない。ようやく暗く長いトンネルの先に、わずかな明かりが見えてきた感じではないか。
サンパウロ州政府の事前登録サイト(https://www.vacinaja.sp.gov.br/)で必要情報を書き込んだ上で、最寄りの保健所(UBS)に行けば、より素早い対応が期待できるという。
他州在住の皆さんには、もうしばらくの辛抱だ。徐々に接種範囲は拡大されるので、今まで通りに注意深い生活を続けてほしい。(深)