20日に暦が秋に変わり、柿の季節が始まっている。例年であればピエダーデ柿祭りなどが行われる頃だが、今年はパンデミックのため全て中止。そんな中、ピエダーデやコロニア・ピニャールで柿などの果樹農家3軒を訪ね、今年の作柄や最近の様子などを聞いてみた。第1回は、無農薬柿を中心とした果樹菜園を始めて50年以上の西尾章子(ふみこ)さんだ。(淀貴彦記者)
「毎日柿の事ばかりを考えています。どうすればもっと甘い柿ができるか、どうすれば大きな柿ができるか。考え始めたらきりがありませんが、これがなによりも楽しいんです」――聖州ピエダーデ市で無農薬の甘い柿を作り続ける西尾章子さん(86歳・兵庫県)はそう満面に笑みを浮かべた。
多くの戦後移民が農業者として入植した聖南西地区。1962年に西尾さんは脱サラした夫・故西尾之(ゆき)さんと共に小さい一人娘を連れて移住した。
西尾さんは日本で看護婦(当時の保健婦)として働き、之さんは財閥系石油会社に勤務していた。当時は2人とも農業とは無縁の仕事だったという。
来伯早々、西尾夫婦は同地区に汗水垂らし土壁造りの一軒家を建てて、果樹栽培と野菜栽培を始めた。章子さんは50年以上経つ現在も、原点とも言えるその家に愛犬と共に住む。
西尾さんは「この家は移住当初に建てたので、大方60年住んでいます。最初は2人で建てたので、まぁ大変でした。年季が入っていますが生活になんら支障はないので住み続けていますよ」と深い愛着を持っている。
家のすぐそば、敷地内には西尾さんが長年守り続けた柿畑が約5万平方メートル(約2アルケール)がある。現在はその畑内に東京御所の木を95本、富有柿の木を25本、大事に大事に管理している。
西尾さんは、その類まれな柿への愛と探究心から、どうすれば甘く美味しい柿が作れるかを日々考えている。「毎日どうやったら美味しいのが作れるか、今でも模索しています。マグネシウムや尿素、光合成菌、白石灰、木酢液などの肥料を自作し、量を調整して、月や天気の状況をみて撒くタイミングを図っています。虫に食われた柿の部分を顕微鏡で観察するのも日々の日課。これが本当に楽しいんですよ」と意気揚々と語る。
西尾さんは07年から無農薬の柿を生産している。農薬大国として知られるブラジルで無農薬柿を作り続ける理由を尋ねると、「なによりも農薬がない方が体にいいからです。『無農薬は作るのが大変だ』という声も聞きますが、なんも大変なことはない。愛情もって試行錯誤して、日々研究すれば農薬を使わずとも美味しいものができます」と答える。
「なぜそこまで柿の事を考えるのか」を尋ねると、「柿が可愛いから。柿が私の手入れを待っているから。そして、その私が大事に手塩にかけて育てた柿を待っている人がいるから。だから私はそれと一緒に歩むと決めたんです」と曇りの無い瞳できっぱりと応えた。(つづく)
■大耳小耳■
◎
耳子も取材時に西尾さんの柿を食べたが、まだ硬めの柿でもかなり甘く驚いた。高齢ながら愛犬と過ごし、愛する柿のために身体を奮い立たせる毎日を送る西尾さん。なにかの機会に、ぜひ一度訪ねてみては?