ブラジルで現在最も人気のあるコメディアンで、ブラジル映画の興行成績歴代1位作品の主演俳優でもあるパウロ・グスターヴォが4日、コロナ感染症のため入院先のリオ市の病院で亡くなった。42歳だった。ブラジル芸能界屈指の人気者のコロナ死は、ブラジル社会に衝撃を投げかけている。4、5日付伯字紙、サイトが報じている。
2010年代、ブラジル文化で最も国民の人気を集めたのはコメディだった。ネットでの創作発表や痛烈な政治風刺、性や人種などの壁に直面する社会的弱者の視点などの要素はブラジルの笑いを大きく変えた。その中でパウロは、コメディ集団「ポルタ・ドス・フンドス」、風刺コメディアンのマルセロ・アジネット、俳優のレアンドロ・ハッサムらと共に代表的喜劇家となり、最も稼ぐ芸能人のひとりとなっていた。
1978年にリオ州ニテロイ市で生まれたパウロは、ラランジェイラス芸術学校で演劇を学び、コメディの道に進んだ。テレビや映画に出演しはじめたのは2006年で、2011年にはムウチショウ局のお笑い番組「220ヴォルツ」で一人で何役も演じ、多才ぶりが注目された。また、2013年の同局での公開劇「ヴァイ・ケ・コーラ」で演じた元富豪ヴァウドミロ・ラセルダ役で人気者になった。
人気爆発のきっかけとなったのは、2013年に主演した映画「ミーニャ・マイン・エ・ウマ・ペッサ」だ。自分の母親をモデルにした女性キャラクター、ドナ・エルミニアを演じた作品は、2006年から舞台で演じ続けていたものだったが、映画公開で名が知れ渡った。
2016年、19年に続編映画が作られ、特に第3弾はブラジル映画史上の歴代興行1位となる1億8200万レアルの売上げを記録した。
私生活では同性愛者であり、2015年に医師のタレス・ブレッタス氏と結婚。2人の養子を迎えたことでも話題を呼び、LGBTで最大の成功者としても支持を得た。
だが、今年3月にコロナウイルスに感染。3月13日に入院後は、その重篤化が連日のようにニュースで報じられた。4月中旬以降は「病状改善」と伝えられていたが、2日夜、肺動脈に血栓がつまる肺血栓塞栓症を起こして病状が悪化。4日には回復不能との診断が下り、午後9時12分に帰らぬ人となった。
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4日夜流れた人気コメディアン、パウロ・グスターヴォの訃報はブラジル社会に大きな衝撃を与えている。彼に対しては、芸能界はもちろんのこと、政界からも続々と弔辞が寄せられている。LGBTの最大の成功者のひとりだったことから、結びつきの強い左派政治家からが特に多く、ジウマ元大統領などは2人で抱擁しあった写真まであげて弔辞を送っている。だが、驚くべきはあのボルソナロ大統領も追悼文を書いたことだ。同大統領の支持派には同性愛嫌悪者が多く、ペンテコステ系の牧師の一人がパウロの死を願う祈りを行い、物議を醸したこともあるのに、大統領が追悼を行ったのだ。上院のコロナ禍CPIでも追悼の時を持っており、パウロの死は(少なくとも一時的に)政治的に分断したブラジルを一つにしたといえそうだ。