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安慶名栄子著『篤成』(2)

 私は安慶名栄子から、この本を沖縄の親戚の皆さんに父の足跡を知って頂きたく日本語に翻訳したい、という相談を受け、早速宮原ジャネ朋代にお願いして出来上がった翻訳文を一気に読みました。いや、引き込まれるように読み続けずにはおれませんでした。読み終わって後も感動の波が私の胸の中に波打っていました。
 その名も知らない故安慶名篤成の足跡は、わがブラジル沖縄県人移民研究塾の同人誌『群星』が創刊以来問いかけてきた《移民群像》そのものであり、その知られざる埋もれた足跡を沖縄の親族のみならず、ブラジルの移民一世とその子弟たちに広く読んでもらうべきだという衝動にかられました。
 私は安慶名栄子と相談を重ね、この本を親族向けの私版本ではなく、ポルトガル語版と共に広く読者に読んで頂く日本語版として発刊することを確認し、編集協力を自ら申し出て担当した次第であります。
 さて、本書が「読み始めるとやめられない」ほど読む人の心を捉えて離さないのは何故だろうか。移民当初から直面した大自然の脅威・暴風、そして沖縄戦の悲劇によって引き裂かれた家族の苦しみと悲しみの連続の中で、ガスパール家や比嘉マツおばあちゃんたちの助けを受けながら、男手一つでひたすらにわが子を育て上げ「希望」に立ち向かっていく父の姿――その苦闘を共に生きたわが子の立場から、率直な筆力で生き生きと書き綴っているからに違いない。
 そのように思います。とりわけ比嘉マツおばあちゃんの心深い愛の志は、本書を読む人の胸を深く打ち、真実の愛の在り方を読者に授けてくれることでしょう。まさに「愛に勝るものはない」と
いうことを。「人の悲しみや苦しみに出会うと自分の心=肝が痛む」というウチナーンチュの《肝苦さ》の心、いわゆる《チムグクル》の魂が安慶名家の子供たちに授けられた愛の志を通して読む人の胸に切々と伝わってくる。愛を授ける者も授けられる者もそれぞれが悲しみを背負いつつ助け合う愛の尊さが、その人でなければ書けない筆の運びで綴られている。
 このようなマツおばあちゃんの愛と父篤成の家族愛の下で子供たちは、すくすくと成長していく。サントス=ジュキア鉄道沿線の大自然の中で父の農事の傍らで兄妹揃って夢中になって遊び、心の友トラジリオやマカコに乗って小さな旅を楽しむ姿は、まるでメルヘンの世界に誘われ心が洗われる。
 そんなある日の真夜中に栄子は、父が沖縄戦で二人のわが子を失って苦しみ忍び泣きしている声に目覚め、ひたひたと胸にこみ上げる悲しみに包まれ、「どんなことがあっても父を幸せにする」と心に誓うのでした。
 この少女の胸に刻まれた決意は、以後の彼女の人生に一貫して流れる主旋律となり《夢》となり《希望》となる。
 そして成長と共に事業を興し従業員たちとも心を一つに結びつつ、ひたすらに働き続けながら、父の大好きな旅をプレゼントし、健やかに共に過ごす日々を創り出していく。
 それは、人生の労苦を一身に背負い、わが子たちを育て上げ、人としての道を育んでくれた父篤成への「感謝・謝恩」の思いを実現するささやかな贈り物でした。こうして父篤成は、「俺は世界一幸せな爺さんだ」と語り残し、安らかに妻カマドが眠る天上へと旅立って逝きました。