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《記者コラム》コロナ禍CPI延期が意味するものは何か?

CPI延期で弾劾裁判はほぼなくなった?

CPIのオマル・アジス委員長(Foto: Edilson Rodrigues/Agência Senado)

 世の中を騒がせているコロナ禍議員調査委員会(CPI)は新しい段階に入った。
 フォーリャ紙14日付サイト《上院議長はコロナ禍CPIの90日間延長を決断、11月まで》(https://www1.folha.uol.com.br/poder/2021/07/presidente-do-senado-prorroga-cpi-da-covid-por-90-dias.shtml)とあるように、パシェコ上院議長は14日にCPI延期を決断した。
 CPIは先週で90日間の審問活動をいったん終えた。今月一杯は集まった資料の分析に集中した上で、8月3日から審問を再開して11月まで続き、最後に報告書が出される。
 これが意味するのは、「大統領弾劾裁判(インピーチメント)の可能性がほぼ無くなった」ということに見える。
 なぜかと言えば、罷免審議を始める権限を持つアルトゥール・リラ下院議長は、「インピーチメントの判断を下すのに、CPIの結果を待つ」と公言している。その通りに終わってから弾劾裁判を始めるとなっても、もう12月だから議会は年末休みに突入する。
 議会が本格再開するのは来年2、3月だから、それ以降にしか弾劾裁判は開始できない。でも来年10月には大統領選挙があるから、約半年間もかかる弾劾裁判をして罷免にしたところで、すぐに選挙がある。
 それに現在の世論調査によれば、放っておいてもボルソナロ氏は再選するのは難しい。来年確実に再選するだけの人気があるなら、反ボルソナロ派にとって彼を罷免して7年間出馬できないように被選挙権を奪う意味もある。だが、どうせ落ちるなら半年間の膨大な手間をかける意味は薄い。
 だから、いくら反大統領派が騒いだところで弾劾裁判は現実的ではない。ただし「罷免すべきだ」と騒ぎ立てることによって、大統領人気をさらに下げる効果がある。それを狙って言い続けるのが現実だろう。

罷免防ぐ政治的3防壁

 インピーチメントを叫ぶ街頭の声は、日に日に強くなっている。だが大統領によって、それを防ぐ三つの政治的防壁がはられている。一つ目は「リラ防壁」。これはリラ下院議長のことで、セントロン勢力を代表する形で罷免を止めている。前代未聞の126件も罷免開始申請が寄せてられているが、全て自分のガベッタ(引き出し)にしまったままだ。
 ただし、罷免を求める最高裁や反ボルソナロ派連邦議員、街の声はどんどん高まっており、万が一、これを突破することもあり得る。
 そんなときのためにあるのが、二つ目の「ビア防壁」だ。ボルソナロ大統領支持派の中でも最も急進的なビア・キシス下議(社会自由党・PSL)が、下院の憲政委員会(CCJ)の委員長に3月に就任した。もしも「リラ防壁」が突破されて罷免審議が始まったとしても、必ず憲政委員会で承認されないと本会議にはかけられない。
 三つ目は「アラス防壁」。アラス連邦検察庁長官で、唯一、大統領を捜査する権限を持つ役職だ。最高裁から突かれて、大統領が不正を知っていて黙認した「Prevaricacao」罪の捜査をイヤイヤ始めた。だが「捜査結果は彼の一存でどうにでもなる」と指摘するジャーナリストもいる。
 つまり、罷免開始には3段の政治的防壁が作られている。いくら街頭のデモが盛り上がったところで、これを突破するのはかなり難しい。

セントロンはしたたかに大統領危機を利用する

 ただし、リラ下院議長が持つ罷免審議開始を判断する権限を奪う新しい法案が、野党側によって下院で提出されている(https://politica.estadao.com.br/noticias/geral,proposta-da-ao-plenario-da-camara-possibilidade-de-iniciar-analise-de-impeachment,70003778580)。下院議員の半数(257人)が署名して出した罷免申請に関して、下院議長は60日以内に判断しなければならないという法案だ。
 だが問題は、どの法案を審議開始するかを決める権限を、下院議長が持っていることだ。いくらこのような改正法案を出したところで、それ自体が塩漬けにされ、いつまでたっても審議されない可能性がある。
 重要なのは、セントロンにしてみれば、大統領が窮地に陥れば陥るほど、立場が強くなる構図になっていることだ。
 セントロンはこの2週間の議会休会を、CPIで加熱してささくれだった政治的な雰囲気を、落ち着かせて〝熱を下げる〟ために使いたいと考えている(https://politica.estadao.com.br/noticias/geral,centrao-quer-aproveitar-crise-para-mudar-articulacao-politica-de-bolsonaro,70003779580)。
 「穏健化」を求めるセントロンの忠告を無視し、ボルソナロ大統領はCPI開始以来、息子らの提言を受け入れて攻撃的な物言いをする路線に戻っていた。どんどん加熱して軍部を巻き込み、最高裁やCPIメンバーへの過激な言動が繰り返された結果、政治的な緊張感はかつて無いほど高まっている。

16日、入院中のボルソナロ大統領のSNS投稿(本人のFaecbookより)

 その結果、大統領はストレスの高まりもあって病状が悪化して入院した。セントロンはこれを機に、再び大統領を自陣に引き戻そうと考えている。頭を冷ます期間としてこの2週間を活用する訳だ。
 ボルソナロはリラ下院議長を通して下院を掌握しているが、左派の強い上院には弱い。その結果が、上院CPIとして現れている。その弱点を補強するために、セントロンは大統領側近グループの大臣に、上院議員の大物を送り込むことを画策していると報じられている。
 これはCPI対策でもあり、アンドレ・メンドンサ氏を最高裁新判事にするために必要な上院口頭試問を通りやすくするためでもある。
 このようにセントロンに新たに譲る役職として名前がでているのが「大統領の女房役」官房長官だ。現在は大統領の40年来の盟友、陸軍士官学校時代からの親交があるルイス・エドゥアルド・ラモス氏が担っている。当然、大統領はいやがるだろうが、セントロンはじわじわと権限を増やし続ける。
 大統領が「穏健路線」になり、パンデミックが徐々に収束して経済・社会が再開すれば、政権への信頼は徐々に回復され、来年の選挙でも勝てる――という風にセントロンはシナリオを描いていると報じられている。
 そして(1)来年の選挙に大量の〝実弾〟(資金)が使えるように来年度予算の選挙基金を3倍に増やすこと、(2)大統領派の主要議員向けに地域開発省予算からこっそりと30億レアル分もの支出枠を用意していたこと(トラトラッソ疑惑)、そして(3)「Plano Pró-Brasil」(PPB)と呼ばれる経済活性化計画、地方インフラ大規模開発投資プロジェクトを用意している。
 景気が回復する中で、それらの対策が相まって効果を生めば、選挙で勝てると踏んでいると報じられている。

リラ下院議長への信頼

 今回ボルソナロ大統領が14日に突然入院した際、様態が悪ければ、場合によっては緊急手術をして休職する可能性があった。
 だが、アミルトン・モウロン副大統領の外遊を止めなかった。副大統領は同14日にアンゴラを手初めてにアフリカのポ語圏を回る外交日程があった。本来の大統領職継承順位を考えるなら、順位第2位の副大統領は外遊を中止して、ボルソナロ休職に備えるはずだが、それを大統領は求めなかった。
 これに関して、16日朝のCBNラジオのジャーナリスト、ラウロ・ジャルジンのレポートが興味深かった。副大統領の外遊を止めない代わりに、大統領は首都からサンパウロ市に緊急移送される最中、順位第3位のリラ下院議長に電話をして、「休職する場合はおまえに大統領代行を頼む」とわざわざ伝えたという。
 ジャルジンは「このボルソナロの態度は、リラへの絶対的な信用を示している。絶対にインピーチメントをやらないことも含めて。そして、モウロンを信用していないことも表している」と分析した。
 結局は、手術をする必要がなくなったので、代行を頼むことはなくなった。それ以前に、リラ下院議長は最高裁から被告扱いされているから代行をするのは難しい。だが、いざというときの人間関係がここには表れてる。
 つまりリラ下院議長は「何があってもインピーチメントを始めない」という心づもりで動いている。「CPIが終わるまで判断を待つ」というのは、表面上の言い訳に過ぎない。
 と同時に、陸軍予備役大将のモウロン副大統領を遠ざけていることで、「軍全体を巻き込んだクーデター」という話には相当無理あることを示唆しているのかもしれない。ただし、軍の一部に熱烈なボルソナロ支持者がいるのは確かだが。

第2段階にはいるCPI

5月に聖市パウリスタ大通りで行われた反ボルソナロ集会の様子(foto Felipe Campos Mello)

 8月3日からコロナ禍CPIは、第2段階を開始する。大統領の不正黙認疑惑、保健省高級官僚の賄賂請求疑惑などメニューはすでに山盛りだ。この議会休会の間には、この3カ月の間に集まった膨大な資料の分析が行われ、今までの疑惑が裏付けられる証拠が発見される可能性がある。
 そこから当然リークが行われる。今まで以上に、これから続々とブラジル・メディアに現政権に関するスクープ記事が躍るに違いない。
 17日付の駒形秀雄さん特別寄稿にあるように、CPIの委員は、ボルソナロ政権をジワジワと「Fritura」(炒める)する作業を延々と11月まで続ける。その過程で更に新しい疑惑が発覚し、今以上に大統領に対する評価が下がる可能性がある。
 反ボルソナロ派としては腕によりをかけて、じっくり時間をかけて炙り出そうとするに違いない。そうなれば、どんどん現政権は窮地に追い詰められる。
 そして、ボルソナロはそれに呼応して、さらに過激化して行くかもしれない。今回の入院はCPIや疑惑へのストレスが原因の一つだとしても、そんなことで宗旨替えをするようなボルソナロ氏ではないだろう。
 むしろ、2018年のナイフ傷害事件の時のように、今回も同情を集めている。入院中にリハビリで病院内を歩く姿のFacebook投稿には、なんと92万人が「いいね」ボタンを押している。同投稿に書き込まれたコメントは14万件だ。同SNSのフォロアー数は1417万人もいる。まだまだ岩盤支持層は多い。
 でも、そのような流れを密かに歓迎しているのが、ルーラ元大統領ではないかという気がする。

強敵がいないと困るのはルーラ

2016年9月25日、ハダジ聖市長候補の選挙運動を手伝うルーラ(Ricardo Stuckert)

 ここからは100%想像の世界だ。今ボルソナロが舞台から下りてしまって、一番困るのはルーラではないか。現状で来年の大統領選の世論調査で断トツ1位を走るあのルーラだ。
 自分が「正義の味方」として主役をはるためには、相手が「強敵」でなければ戦いは盛り上がらない。敵が強ければ強いほど、ハラハラ、ドキドキするような展開になるほど物語のテンションは上がり、選挙戦は最高潮に達する。
 ボルソナロが強気を貫いて「いざとなれば軍を巻き込んでクーデターを起こす」と息巻くほど、左派と中道派を大同団結させることはたやすくなる。
 反ボルソナロ派が盛り上がれば盛り上がるほど、ルーラへの支持率も上がる。ルーラ本来の岩盤支持層はおそらく20%前後だろうが、現状では20~30%の反ボルソナロ層が支持に加わっているから、合計50%前後という独走状態になる。反ボルソナロ票がどこに向かうかで、次回の大統領選は決まる。
 世論調査では圧倒的に優位に立つルーラだが、Facebookのフォロアーは466万人ていど。ボルソナロの3分の1に過ぎない。ざっとみて「いいね」が3万人以上に押されている投稿はほぼない。ネット上では、未だにボルソナロの方が優位を保っているように見える。
 ここでボルソナロが舞台から下りてしまったら、敵がいなくなる。そうなると、ルーラ自身も困ることになる。ラヴァ・ジャット裁判がやり直しになったとはいえ、ルーラは無罪ではない。叩けばほこりの出る体であり、ボルソナロが戦線離脱すれば、ルーラの方がマスコミから突かれる存在になる。
 左派も中道派も元のバラバラ状態に戻り、仲間同士で票を食い合うという戦いになる。そうなった方が選挙戦としてはややこしい戦いになる。
 2018年の大統領選挙では、ボルソナロが反ルーラ票を集める戦いをやった。18年の4月頃まで間違いなくルーラが当選するだろうと誰もが思っていた。だが、ラヴァ・ジャット作戦のおかげでルーラが出馬不能になり、あれよあれよという間にボルソナロがトップに躍り出た。
 だから今回、ルーラはその仕返しをしたくてウズウズしているのではないか。だから心の底では「ボルソナロ踏ん張れ!」と声援を送っているように思える。(深)