先月までの政治的な図式は《ボルソナロVSルーラ》の雰囲気が強かった。この1カ月でそれがガラリと変わった。
本紙8月10日付《記者コラム》「大統領、選挙敗北ならクーデター」報道まで?!=最高裁判事に「娼婦の子」発言(https://www.nikkeyshimbun.jp/2021/210810-41colonia.html)に詳しく書いた通り、《ボルソナロVS司法(最高裁+選挙高裁)》という構図に変わったからだ。
セントロンのリーダー、シロ・ノゲイラ上議が政権ナンバー2である官房長官に就任したことで、連邦議会でのボルソナロ派の影響力が強まり、その状況に対する反発として、三権のうちで唯一残された司法が本格的逆襲を始めたからだ。
それが8月2日に選挙高裁が、大統領を捜査対象にすると宣言したことの意味だ。(本紙8月4日付《選挙高裁 ボルソナロへの捜査求める=選挙不正の虚報拡散で=大統領選出馬禁止もあり?》(https://www.nikkeyshimbun.jp/2021/210804-11brasil.html)。
それに加えて、だめ押しのように先週12日、アレシャンドレ・デ・モラエス最高裁判事がボルソナロ氏に関する4つめの捜査開始を宣言した。7月28日の定例ライブの後、「2018年大統領選挙の不正の証拠」として現在、連邦警察で捜査中のハッカー選挙高裁コンピューター潜入事件の秘密書類のリンクを自分のSNSで公開したことに関し、不正に公的な秘密情報を開示した容疑で立件した。
14日現在で大統領には選挙高裁で4件、最高裁で4件もの捜査が開始されている。これが意味するのは「いつ出馬不可になってもおかしくない」という状況だ。司法側がその気になれば、いつでも大統領の政治的未来を断ち切れる状態だ。
議会に圧力をかける〝雄壮〟な軍事パレード?
そして10日の軍事パレードで分かったことも重要だ。ボルソナロ氏がこだわっている「印刷付き電子投票への変更」に関する下院本会議での投票日の朝、海軍は議会を脅すように、14台の軍事車両を官庁街のど真ん中にある三権広場に送り込むというミニ軍事パレードをした。軍事演習への招待状を大統領に手渡すためだけに、前代未聞のパレードを行った。
本紙8月11日付《ブラジル》前代未聞!三権広場を戦車行進で威嚇か=大統領のクーデター予告説も=議会で投票方式投票の日に=下院議長「悲劇的な偶然」(https://www.nikkeyshimbun.jp/2021/210811-11brasil.html)に詳述。
多くの下院議員は「民主主義への脅威」「軍を背景にした連邦議会への脅し」と強く反発した。だがBBCブラジルニュース8月10日付は冷静に《ボルソナロへの海軍パレードで見せられたのは、70年代の〝戦車〟とベトナム戦争時代の装甲車》(https://www.bbc.com/portuguese/brasil-58167958)と報じた。世界的なレベルからすれば「軍事的脅威」ではないという。
同記事で軍事車両専門家のジョアン・マルセロ・デラ・コスタ氏は、唯一ロケットランチャーのみが比較的先進的だが、それ以外は〝前世紀の遺物〟だと断じた。
コスタ氏は、「今回のパレードは海兵隊が装備を刷新する必要があることを示すのに役立ったかもしれない」と皮肉な指摘をする。海軍の精鋭部隊であるはずの海兵隊には、最高の装備が投入されているはず。それがそのレベルであれば、それ以外の装備は目も当てられないコトになる…。
このパレードは軍側の発案ということになっていたが、実は大統領府と国防大臣が命令していたこともばれてしまった(https://politica.estadao.com.br/noticias/geral,tanques-na-rua,70003805857)。明らかに議会へのプレッシャーということになる。
尾山タイス氏のUOLコラム(https://noticias.uol.com.br/colunas/thais-oyama/2021/08/10/envergonhado-alto-comando-do-exercito-quis-que-comandante-se-demitisse.htm)によれば、軍の中にはこの行動に関して「軍の恥さらし」と考え、「ある陸軍高官は、パレードを観覧するのを断るためにパウロ・セルジオ陸軍総司令官は辞任すべきだ」という声もあったと紹介した。
パレードでヒビが入った軍や議会の支持基盤
軍事パレードに対する連邦議会の反発は強かった。本紙12日付《ブラジル》戦車まで出してあえなく撃沈=印刷付き電子投票 下院本会議で正式却下=308票にまるで届かず=大統領は負け惜しみ(https://www.nikkeyshimbun.jp/2021/210812-11brasil.html)にあるように、憲法補足法案(PEC)の承認に必要な308票以上にはほど遠い、229票しか集まらなかった。
ただし、直前まで「150票ていどしか集まらない」との大方の予想を大きく上回った。CBNラジオで11日朝、ラウロ・ジャルジン氏は「これだけ増えたのは、シロ・ノゲイラ官房長官とフラヴィア・アフダ下議(連邦政府と議会の調整役)の力業のたまもの。だが、たとえセントロンであっても、同調できない意見なら大統領と一線を引く関係であることを示した」と、軍部の反応が割れてきたようにセントロン内部にも亀裂が見られ始めたと分析した。
連邦議会で最も強烈な反応を見せたのは、上院だ。大統領が自分を批判する人物に国家治安維持法を適用して取り締まってきたことが問題になっていたが、それを換骨奪胎する修正案を可決したのだ。
本紙3月20日付《人気ユーチューバー「ボルソナロはジェノサイド」が国家治安法に抵触? それとも言論統制や言葉狩り》(https://www.nikkeyshimbun.jp/2021/210320-15brasil.html)にあるように、軍政が残した悪法の一つで久しく使われなかったが、ボルソナロ大統領は頻繁にこれを反対派の鎮圧に使い始めていた。
それに対して、下院は5月に修正案を決議した。本紙5月7日付《ブラジル》国家治安維持法を廃止へ 大統領派の乱用を牽制か(https://www.nikkeyshimbun.jp/2021/210507-15brasil.html)に詳述。このように下院では、刑法にある「民主主義体制に対する危険行為」の内容として「フェイクニュースの拡散」や「暴力を助長する言動」などの10項目を付け加えた上で、国家治安維持法自体は廃案にする提案をし、承認されていた。これが施行されれば、政敵へのネット攻撃を得意とする大統領には明らかに不利だ。
だがそれ以来、上院では止まっていた。それを、軍事パレードがあった10日にいきなり可決した。ボルソナロ氏への当てつけといえるタイミングだ。つまり、両院で大統領にノーを突きつけた。与党セントロンだからといって、何でも大統領に賛同するわけではないことを態度で示した。
出馬禁止に加え、改めて出てきた罷免の可能性
いまTSEが代表する司法界がやっていることは、ボルソナロを出馬禁止にする理由を次々に挙げるという大統領への脅しを強めるという段階だ。ボルソナロがそれで折れなければ、本当に出馬禁止にするだろう。
それに対して14日、大統領は自分を捜査対象にしたモラエス最高裁判事やTSEのルイス・ロベルト・バローゾ長官への罷免申請を上院に行うと宣言した。13日に盟友ロベルト・ジェフェルソンPTB党首が逮捕されたことに反撃するように味方陣営から突き上げられ、仕方なくこの判事罷免を申請することにしたと報じられている。
だが、多くの議員が反発する声明を出しており、パシェコ上院議長はそれを机にしまっておく可能性が高い。つまり、ムダな脅しになりそうだ。アルトゥール・リラ下院議長が130件近い大統領罷免申請を手元に仕舞っているのと一緒といえる。
ここで重要なのは、もしもボルソナロが出馬禁止になったら、ルーラが当選する可能性も下がるという点だ。今現在は「反ボルソナロ票」がルーラに集まっているから、支持率調査で1位を保っている。ルーラ単体での支持率はおそらく20%程度ではないか。「反ボルソナロ票」が加わっているから、世論調査で40%、50%という支持率になる。
ボルソナロが出馬禁止となれば、状況はガラッと変わる。前回は「反ルーラ」でボルソナロに投票した人で、現在は考えを変えて「反ボルソナロ」になった票の大半はルーラには入れない。
事実、ガゼッタ・ド・ポーボ紙7月23日付(https://www.gazetadopovo.com.br/republica/terceira-via-discute-impeachment-de-bolsonaro-como-unica-forma-de-derrotar-lula/)では、ルーラでもボルソナロでもない「第3の候補」を盛り上げたい勢力としては、「ルーラを倒す唯一の方法はボルソナロを罷免することだと見ている」と書かれている。
コロナ禍議員調査委員会(CPI)の方でも「大統領を辞めさせる証拠は十分に集まった」と、期限の11月まで待たずに早々に切り上げて報告書を出すと言い始めている。そうなれば今年インピーチメントを始めるという筋書きもありえる状況に変わってきた。
ボルソナロが罷免か出馬禁止になれば、情勢は一気に流動化する。
つまり、ボルソナロが健在でいる限り、ルーラの優勢は変わらない。ボルソナロの罷免もしくは出馬禁止により、強敵が消えて弱体化したルーラなら、「第3の候補」が倒せるとみている。
実際ルーラはラヴァ・ジャット(LJ)作戦の裁判が再開されれば、いつ有罪判決が出て、再び出馬禁止になるか分からない身だ。LJ作戦によって暴露された事件は無罪になったわけでは無く、裁判やり直しになっただけ。全ては司法の手のうちにある。
そのような流れで、司法がボルソナロ出馬禁止を決意すれば、「第3の候補」の可能性が一気に高まる。
今のところ主な「第3の候補」として上がっているのは、シロ・ゴメス、マンデッタ、エドアルド・レイチ、ジョアン・ドリアあたりか。
ジルベルト・カサビPSD党首は《第3の候補が誰であれ、決選投票まで来れば勝つだろう》(https://www.oantagonista.com/entrevista/qualquer-candidato-da-terceira-via-que-chegar-ao-segundo-turno-ganhara-as-eleicoes/)と見ていることを明かした。
つまり、来年の決選投票がボルソナロVSルーラという図式が崩れた場合をすでに想定している。おそらく「ルーラVS第3の候補」という形で読んでおり、ロドリゴ・パシェッコ上院議長を立候補させるべく動いているようだ。
フォーリャ紙11日付コラムでカミラ・マトソ氏は、次のような独自の分析をした。印刷付き電子投票PECの本会議決議で、連立与党から反対票が多く出ただけでなく、与党からも賛成票がけっこう出た。まったく組織的で無い動きであり、「これは〝第3の候補〟を生みやすい状況といえる」と読み解いている(https://www1.folha.uol.com.br/colunas/painel/2021/08/pec-do-voto-impresso-mostra-terceira-via-desorganizada-e-com-tendencia-bolsonarista.shtml)。
BBCブラジルニュース12日付《エリート層の一部はボルソナロから一線を引き始めたとイタウ銀行の相続者は語る》(https://economia.uol.com.br/noticias/bbc/2021/08/12/parte-da-elite-se-afastou-de-bolsonaro-diz-herdeira-do-itau.htm)の中で、大企業社主の一部が大統領から離れてきている様子が描かれている。
イタウ銀行社主家の一人マリア・アリッセ・サツバル氏は「決選投票でボルソナロとルーラが残ったらルーラ、そうでない場合(ルーラと第3の候補)は『第3の候補』にいれるかも」とほのめかしている。おそらくそのような機運が高まっている。
今のところ第3の候補代表格はシロ・ゴメスか
現状「第3の候補」の筆頭は、文句なしにシロ・ゴメス(PDT)だ。元セアラ州知事で、左派だがPTとは袂を分かった歴史がある。ボルソナロもルーラも厳しく批判する姿勢をずっと貫いており、ルーラに似たボス肌であり、地元北東伯での受けも良い。
ベーシャ誌サイト7月29日付《反ボルソナロ・ルーラの第3の候補をリードするシロ・ゴメス》(https://veja.abril.com.br/blog/radar/ciro-gomes-lidera-terceira-via-contra-lula-e-bolsonaro-mostra-pesquisa/)という記事も出されている。
同記事によればルーラの支持率40・9%、ボルソナロ28・7%に対して、シロ・ゴメスはすでに13・5%も持っている。ボルソナロに何かあれば、一気に急上昇する素地は十分だ。
大統領が逆ギレして司法への反発を強めるほど、出馬禁止にされる可能性が高まる構図だ。このまま司法への反発をエスカレートして出馬禁止にされるか、それともセントロンの言うことをきいて反発を弱め、来年まで任期を全うしてルーラと戦うか。
全ては大統領本人や司法やCPIの動き次第であり、セントロンのリーダーを官房長官につけたとは言え、今も大統領にとって予断を許さない状況にあることは確かだ。(深)