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特別寄稿=ボルソナロ豹変の背景にあるもの=ジャパンデスク社 高山直巳

昨年8月12日、ベイルート大爆発直後に救援物資をブラジルから贈った際、ボルソナロ大統領(中央)と団長に任じられたテメル前大統領(右、Alan Santos/PR)

昨年8月12日、ベイルート大爆発直後に救援物資をブラジルから贈った際、ボルソナロ大統領(中央)と団長に任じられたテメル前大統領(右、Alan Santos/PR)

 最高裁攻撃から一夜明けたボルソナロが手のひらを反すように豹変した背景には、一体何があるのか――。
 大統領の声明は崖っぷちでブラジルの政治危機突入を回避した。声明文は“国民への誓約宣言-Declaração à Nação”などと体裁は整えているが、要はボルソナロが混乱を起こしたことに対する弁明文であり、謝罪文である。
 有識者やメディアは、ボルソナロが心底、国を憂いて自らの言動を悔い改め謝罪したなどとは思っていない。ボルソナロは、これまでの2年半の政権の中で幾たびも前言を翻し、混乱を招いて来た過去がある。いわば、今日言ったことが、翌日も同じか否かは分からない危うさが常にある。
 確かなことは、ボルソナロの現在の最大の関心事は、来年の選挙で再選を勝ち取ることにある。世論調査で劣勢に立つボルソナロが選挙に勝つためには、社会政策を講じて大衆の支持を集めることであり、その鍵を握るのは、ボルサ・ファミリア(生活扶助)に代わるAuxílio Brasilである。
 そのAuxílio Brasilを決定する法案は、莫大な金額になっている裁判所による連邦政府への支払い命令に関するプレカトリオ憲法改正案の成立にかかっている。国会に提出中の「PECプレカトリオ」を成立させ、財政余力を作ることでAuxilio Brasilの財源に充てることがボルソナロの思惑である。その「PECプレカトリオ」は、今まさに国会(上下両院議長)と司法(最高裁判長)を交えて協議されている最中にある。
 このタイミングでボルソナロが三権の分裂をエスカレートさせることは、Auxilio Brasilの実現の可能性を自ら放棄することになる。もし、財源が確保されないまま支援給付を行えば、支出上限法を死守できなくなる恐れがあり、財政規律を守れないことは憲法違反となり、それは大統領弾劾の理由にもなる。
 周り回って自分の首を絞めることに気が付いたボルソナロは、あっさり前言を翻し、恥も外聞もなく、テメルに仲裁を懇願し、テメルが作成した謝罪声明文を読み上げた。
 一般にブラジル人は自分の過ちを認めない、認めたがらない気質がある。中でも政治家に至っては、絶対と言ってよいほど、それをしない。汚職不正事実を突きつけられてもしらを切り通す政治家を、我々はいやというほど見せつけられて来た。
 それが一夜にして大統領が自分の非を認め謝罪した背景には、それなりの理由があったはずである。ボルソナロは、自分の利害関心のため頭を下げたに過ぎない。

今後の見通し

 テメル前大統領の取り計らいで急場をしのいだボルソナロであるが、司法の追及が弱まる訳ではなく、フェイクニュースの捜査は継続し、逮捕されたボルソナロのシンパの罪が消えるわけでもない。
 ヴォット・インプレッソ(印刷付き電子投票)を否認した議会は、2022年選挙は従来通りの電子式投票で実施することを確認しているし、コロナCPIの追及も再開している。つまり、ボルソナロを取り巻く政治環境は9月7日以前と何ら変わっていない。ボルソナロは、議会でプレカトリオやAuxilio Brasil法案が成立した後は、再び豹変する可能性がある。
 政経分離というが、ブラジルの場合は、経済が政治の犠牲になって来た歴史がある。選挙戦が本格化する来年は、ますます政治要因が経済や金融市場を揺さぶることが予想される。(意見や感想はjd@japandesk.net.brまで)