50年ぶりに長期滞在した祖国日本では、様々なカルチャーショックに見舞われた。
ようやくブラジルへ帰国という折に、馴染みの旅行社に頼んで、中継地のヨーロッパの有名な都市に2、3泊する旅行プランを作ってもらった。経費は300ドル前後増えるだけだ。
それでパリ、ローマなどなどの観光が出来る。齢のせいで、質素に、ゆっくりと雰囲気を満喫するだけだが、とっても楽しみだ。
日本―ブラジル間の直行便がなくなったせいで、誰にも(ブラジル側にも日本側にも)気付かれずに、それが出来るようになった。
成田空港からローマまで全日空で飛び、ローマからサンパウロまではブラジルのラタン航空で飛ぶ。中継地では自動的に荷物はトランスファーしてもらい、必要最低限の軽い装備で旅ができる。
そんな成田空港のチェックインの時であった。
係員の女性「ヒロハシ様、ブラジルにお住まいなのですか? 何か証明書がおありでしょうか」
俺「あるよ。ブラジル政府発行の外国人登録証書を持っています。これです」と何時も持ち歩くRNEカードを出した。
係員の女性はしばらくして、少し曇った顔で「もう50年もブラジルに・・・。それで、ですね、これ期限切れになっておりますが・・・」といった。
俺「そうだね。ブラジルはね、老人にすっごく優しくしてくれる国なんだよ」
係員の女性「と? 云いますと?」
俺「こう云う面倒な更新手続きなんかは老人には免除されているんだよ。だから問題じゃないんだ」
女性係員「へ~、ブラジルって老人に優しい国なんですね」
俺の説明に納得してくれて、中継地での荷物の自動トランスファー手続きも無事に終わった。それから、20分位してから「ヒロハシ様、ヒロハシ様、ゲート受付までお越し下さい」と場内アナウンスがあった。
俺は驚いてゲート前の受付に行くと、さっきのチェックイン受付の女性がいた。
女性「あのー、ヒロハシ様の席がビジネス・クラスにグレート・アップされました」
エコノミー・クラスしか乗った事がない俺は信じられず、「えっ、それはどう云う事?で、す、か?」と聞き返した。
女性「ビジネス・クラスでローマまで大丈夫ですよ」と念を押すように優しく言った。
その女性の優しそうな目が、「日本もブラジルに負けないような、老人に優しい国なんですよ」と伝えていた。
少なくとも俺には、そう伝わった。俺、二つの良い国に恵まれて幸せだ。(終)