日本政府の委託を受けてサンパウロ日伯援護協会(税田パウロ清七会長)が開催するコロナ感染防止講演会が、10月27日午後7時から日伯友好病院で実施され、援協ユーチューブチャンネル(ENKYO – OFICIAL)で日本語の同時通訳付きで配信された。今回の講演者は詩人、コルデリスト*、朗読者、セミナー講師として知られるブラウリオ・ベッサ氏。演題は『今後の展望~感染対策を継続し、コロナ禍に負けないために。希望のメッセージをあなたへ~』。同講演会は、援協の新型コロナウイルス感染防止キャンペーンの一環で、ブラジルの著名人を招待して、様々な視点からコロナ禍での話題が語られる。
北東伯代表する若手文化人
ベッサ氏は、テレビ・グローボの番組「エンコントロ・コン・ファッチマ・ベルナルデス」にレギュラー出演して以来、ブラジル国中で広く知られるようになった詩人だ。現在、インスタグラムやフェイスブックなどのSNSで、フォロワー総数は約500万人にのぼり、「ノルデステ(ブラジル北東部)大使」の異名を持つ。
ベッサ氏は1986年、セアラ州アウト・サントで生まれた。14歳の時、地元の公立学校の国語教師を通して出会ったパタチーバ・ド・アサレーの詩に大きな感銘を受け、詩人になる決意をした。
「パタチーバ・ド・アサレーは、愛、苦悩、喜びといった人間の複雑な感情をとてもシンプルな言葉で表していました。その詩に出会った瞬間、私はいつか彼のように人々を感動させる現象を起こしたいと思いました」
14歳から詩を書き続け、19歳の頃には詩集を出版したいとの夢を持つようになった。出版方法も知らないまま、40の出版社に問い合わせ、返事があったのは4社。その回答は厳しいもので、「詩という芸術を扱っても、本は市場の物である」という現実を突きつけられた。
だがインターネットのSNSで、創作した詩を発表し始めると、一週間で手ごたえを感じられた。SNS上のコメントや通りを歩く人々、町の巡回医師にまで、「君の詩は素晴らしい」と声をかけられるようになったことは大きな励みとなったという。
インターネットで詩を公開し始めてから3年後、「エンコントロ・コン・ファッチマ・ベルナルデス」の番組プロデューサーからEメールが届き、初めて番組に出演して詩を披露する機会を得た。
朗誦後、観衆が心から大きな拍手喝さいを浴びせたことに番組ディレクターが目を付け、毎週の番組出演の契約がその場で結ばれた。
以後、活躍の場はさらに広がり、SNSを始めたころは町の友人500人だけだったフォロワー数は大幅に増え、劇場で2千人、奥地の学校の広場で8千人など、大衆を前に講演するようにもなった。ベッサ氏が、「私の詩を読んで感動した人はフィードバックをください」とSNSで呼びかけた時には、24時間以内に3万8千件からの反応を得たことがあったという。
そうして「詩集を出版したい」という夢は現実のものとなり、これまでに3冊のベストセラー詩集が出版された。
詩は人を変えることができる
「私は言葉の力を信じます。詩は人の人生を変えられます」と強調するベッサ氏は、コロナ禍で自らが新型コロナウイルスに感染して入院した時のエピソードを紹介した。
集中治療室に入って2分後、自分はもう帰宅できないのではないかという恐怖に襲われた。しばらくして入室して来た看護士に、「恐れることはない。次のサッカーの試合を観なければ」と明るく声をかけられ、一瞬は安堵できたが、再度不安に駆られてしまった。
昼食時になっても食欲が出なかったところ、運ばれてきた食事の容器のふたに『期待』という詩が書かれていることに気が付いた。その詩を読むと急にお腹がすき、出された食事を全て食べきることができ、さらにもう一食食べたくなるほどだった。
「食べることで体に必要なものが摂取され、それで私の精神も助けられました」
無事に退院できたベッサ氏は、出版社に相談して自らの詩集をデジタル化してアマゾンのサイトにアップし、24時間だけ無料ダウンロードできるように企画した。結果、18万3000回ダウンロードされた。
「私は詩が人間の病気まで治すと確信します」
行き詰まったら「最初からやり直す時」
コロナ禍の影響で引き起こされた様々な困難に対し、ベッサ氏は講演の半ばで「エンコントロ・コン・ファッチマ・ベルナルデス」でも披露した『やり直し(Recomeço)』という詩を披露した。
“人生に激しく打たれた時 あなたの魂が出血した時 この重苦しい世界があなたを傷つけ あなたをつぶした時には 最初からやり直す時です… 悪が明らかに存在し 愛を隠してしまった時 胸が空っぽになり 抱擁がなくなったら 最初からやり直す時です 最初から愛し始める時です… 同じように転んでから 起き上がることができるように 車のバックギアを入れることは 後戻りを意味しません あの人との再会を決めて愛を取り戻しなさい… 人生を後戻りした時には あなたの信仰を取り戻しなさい それでもう一度やり直してください”(中略)
新型コロナ感染防止を促す詩の創作
司会を務めた日伯友好病院の岡本セルジオ医師から、「新型コロナへのワクチン接種はかなり行き渡ったが、ワクチン接種をかたくなに拒否する人もいる」ということついて意見を求められたベッサ氏。
「私は信仰心も篤いですが、科学も信じます」と述べ、新型コロナ感染防止を啓発する活動の重要性を説いた。
ベッサ氏は、「詩を通じて語ると強い影響力がある」と信じ、ワクチン接種を促す詩を作ろうとしたこともある。ワクチン接種の会場で看護士に「詩を披露してもいいですか?」と尋ねると、その場の人々に前向きな雰囲気が沸き立ったという。
ベッサ氏は看護士に敬意を表し、SNSでワクチン接種したことを写真などでアップすることも呼びかけている。ワクチンが科学に基づいて人間を救うことや、引き続きマスクの着用やアルコール消毒をして新型コロナ感染防止に努めることの必要性は、詩人としても伝えていかなければならないと心得ている。
医療は芸術
ベッサ氏は講演の最後に、「医療現場の仕事は人間の人生に関わる芸術」と称える詩を紹介した。
「ポルトガル語で『諦める』を意味するdesistirは、dを取るだけでexistir、つまり「存在する」という意味に変化します。たった一文字を取るだけで、幼虫から蝶に羽化するように変化をもたらします。人生にはいばらの道もありますが、絶対に気力を失ってはいけません。皆さんの今後のさらなる飛躍を願っています」と締めくくった。
同講演会は日伯友好病院のユーチューブチャンネル(Hospital Nipo-Brasileiro)でも同時配信され、日本語付きは援協ユーチューブチャンネル(ENKYO-OFICIAL)で再生できる。
(注*ブラジルのコルデル文学の作者のこと。大衆文学ジャンルの一つで、小冊子の形で印刷して紐でつづられ、その文章はしばしば韻を踏んで書かれる。テーマは幻想的物語から政治問題まで多岐にわたる)