日本国外務省の委託を受けてサンパウロ日伯援護協会(税田パウロ清七会長)が開催する第2回目の講演会が、11月11日午後8時から日伯友好病院で実施された。今回は、著名な歴史家であるレアンドロ・カルナル氏を招き、『新しい時代の幕開け準備できていますか』をテーマに講演が行われた。
同氏は2019年までカンピーナス州立大学で教授として教鞭を執り、2020年からCNNブラジル内の番組「CNN Tonight」の司会者の1人として出演、エスタード紙への執筆やアメリカ史や宗教史に関する書籍の出版、独自のユーチューブチャンネルを開設し、全国で講演会を行うなど幅広く活躍している。
同氏のインスタグラムのフォロアーは415万人、ユーチューブでも128万人が登録している超有名人だ。
現代は不安でぜい弱な社会
1963年に南大河州サンレオポルドで生まれたカルナル氏は今回、パンデミックに直面し、現代は不安でぜい弱な社会となっていることを痛感、技術の進歩と裏腹な弱さを分析した。
例えば、1千年前に使用されていた羽ペンは、産業革命によって金属製の万年筆に取って代わられ、50年前にはボールペンが登場した。去年購入した携帯電話が壊れて店に持って行くと、「古い商品なので部品がない」と言われる。新しい技術が出る度に使用される期間が短縮され、新製品が入れ替わる時代になっている。
「今は服や靴も修繕することはなく、使えなくなったら捨てます。結婚も同じ。その分、社会は弱くて壊れやすくなっています」と示唆する。
情報に溺れず正しい選択を
カルナル氏の青年時代は、紙の地図を見て目的地を探し、百科事典を調べて知識を得て、週末にピザ屋へ行くのを誘うのには一人一人に電話した。今は携帯電話一つでそれらが解決する。
「血液検査の結果も、インターネットで検索すれば正常値を確認できる時代。しかしデータはあふれていても、人々はデータと意見の区別をできなくなっています」とロボットやアルゴリズムの支配する世界になり、今後の人間の役割は創造性であると考える。
インターネット上で様々なミーティングが開かれ、おそろいのTシャツを作り、人間関係は水平な社会になり、立場を越えて飛び交う時代にもなっている。
「20年前の私は大学教授と紹介されていましたが、今はそういうのはなくなりました。しかし、インスタグラムでフォロワー数が多い人やネット上で人気の高い人が、良い人ということにはつながりません」と指摘する。
現代は物を作るよりもアイデアを売る時代で、情報が氾濫する民主主義社会では、正しい情報を選択しなければならない。「ピザ屋に行けば、200種類のメニューがあるかもしれません。しかし、本当に売れているのは5種類だけということがあります」
医学も間違うことがある
ブラジルが最後にパンデミックを経験したのは1918年のスペイン風邪の流行で、当時はワクチンもなく、自分たちの判断で生活を自粛し、事態が収まるのを待った。
今回の深刻なパンデミックでは、技術の発展により早いスピードで様々なワクチンが開発され、接種が広く行き渡り、新型コロナによる死亡者数が激減する日を迎えた。人類は医学を信じ、医療行為を受ければ生き残ることができるということにもなる。
だが、カルナル氏は「科学は神学ではなく、100%保証されていません」と注意を喚起する。
カルナル氏は子供の頃に偏平足と診断され、長年専用の靴を履き、周囲には笑われながら足のケアをしてきた。その足が痛むので病院に行き、50年後に受けた診断では、「そのような治療は今では存在しない」と、いとも簡単に過去に信じていたことが覆された。50年前と現在では医学の知識も変化している。
「病院はノアの箱舟のようなものですが、白アリが船底に穴をあけると船は沈んでしまいます」と、科学の進歩がいともたやすく常識を根底から覆す現在を比喩した。
小さな英雄を称える
「パンデミックを恐れるのは間違いではないでしょうか。恐れや痛みを知らない人にとって、痛みは何かの警鐘のサインです」
今、ブラジルでは睡眠薬や精神安定剤がとても消費されているという。新型コロナへの感染を恐れて通院を避ける人がおり、病院や葬儀に行きたくないという若者もいる。
「病院では感染リスクにさらされながら働いている人がいます。その様な人々は小さな英雄です」と医療関係者に敬意を表する。
それは、「ナチスドイツがユダヤ人を追い出していた時に、オランダでアンネ・フランクの家族をかくまっていた人々や、東日本大震災で福島の原子炉の後処理を担っていた人々の勇気に通じるものがあると確信する」と力説した。
教育による社会問題の解決策
社会問題は教育によって解決策を見出すべきで、教育効果が出るのには時間がかかるが、必ず機能することはブラジルでも証明されている。
日本人は全体のルールを守って行動するが、ブラジル人は主観的で、自分がルールを守らなかった時でも、自分を弁護する言い訳をよく述べる。とはいえ、かつて車のシートベルトをなかなか着用しなかったブラジル人たちも、何度も繰り返し言われることで、今ではシートベルトをするようになった。
そのように、例えば人種差別の問題にしても、若い世代には教育することで少しずつ効果が出て、解決の方向へ向かわせることができると期待している。
今の世界は一つのコミュニティであり、一カ国を隔離してワクチンを接種しても、デルタ株のように強力なウイルスが発生すれば、あっという間に世界中へ広まる。人類は戦争を繰り返し、互いの命を奪い合うという逆風にさらされても発展を遂げてきた。
そして、未来を生きる若者には、繰り返し教育することによって、「世界は一つのコミュニティであり、人種差別や暴力をなくし、異文化を共有しなければならない」とカルナル氏は説く。
「私はパクチーの香りが苦手で食べられませんが、それを遺伝的に受け入れられる人もいます。パクチーを好きな人もそうでない人も、同じ人類の仲間なのです」
広島のような復元力を信じる
カルナル氏は日本を旅行したことがあり、ある女性から届いた俳句がとても印象的だった。それはお寺の鐘に蝶が止まっている情景を詠んだもの。西洋では教会の鐘には同じように硬い金属をぶつけるのに対し、それとは対照的に、柔らかい蝶と共存している情景が詠まれていることにインスピレーションを受けた。
さらに、広島を訪ねた時のことを振り返り、「『水がほしい』と言った被爆者のために水が供えられ、植樹して平和の尊さを伝えてくれる広島のように、全世界のパンデミックからの復元力、回復力を信じます」と、尊敬する日本文化に思いを寄せた。
(*同講演会のオンライン配信は、援協と日伯友好病院のユーチューブチャンネル(日本語同時通訳付き=https://www.youtube.com/watch?v=__AzRdOoA6g、ポ語=https://www.youtube.com/watch?v=qZ66hqFLc2E)で再生できる)