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モロが「第3の選択肢」という違和感

モロ氏(Fabio Rodrigues Pozzebom/Agencia Brasil)

モロ氏(Fabio Rodrigues Pozzebom/Agencia Brasil)

 「テルセイラ・ヴィア」。これがブラジルの大統領選の際に、2018年の時点から今日までずっと使われ続けている言葉だ。日本語に訳せば「第3の選択肢」。これはつまり、ボルソナロ氏の極右路線、ルーラ元大統領をはじめとした労働者党(PT)の左派勢力。このように投票者の傾向が2極化する中、「どちらも選びたくない人たち」にとって、もっと投票しやすい候補を求めての言葉だった。
 そこであがっていた名前がシロ・ゴメス氏(民主労働党・PDT)やジョアン・ドリア聖州知事(民主社会党・PSDB)なのだが、この場合、その意味合いに「中道寄り」の意味が込められていたものだ。
 ただ、その中にセルジオ・モロ氏を混ぜるのは少し意味が違うのではないか。コラム子は、そんな疑問を抱かずにはいられない。
 モロ氏は11月10日に行った保守政党「ポデモス」への入党宣言以来、大統領選世論調査の支持率を上げ、現在、どの調査でも軒並み10%台前半の支持率を獲得し始めている。それと共に「テルセイラ・ヴィア」の言葉もここに来て再び耳にしはじめている。
 だが、モロ氏が「極右や左派も選びたくない人の候補か」というと、それは違うと思う。それは彼に求められているのが「本来、こうであって欲しかったボルソナロ氏」の姿だと、コラム子には思われるからだ。
 モロ氏の支持者の大半は、彼が法相をつとめていたボルソナロ政権の支持者でもあったはずだ。「PT政権は汚なかった」という信念のもと、クリーンな保守派の政治を望んだはずだった。ボルソナロ氏は社会的弱者への嫌悪やコロナ軽視による対策の大失敗に象徴される科学懐疑の方ばかりに邁進し、期待された汚職撲滅はラシャジーニャ疑惑の浮上した身内をかばうあまりにモロ氏と対立。「こんなはずでは」と思った人も少なくなかったはずだ。
 だからモロ氏が入党式で「私は民主主義と科学を重視する」と発言したのは賢明だったとコラム子は思っている。こう発言することで「2018年に自分たちが有権者として求めていたものはこれだったのだ」と思った人も少なくなかったはずだから。
 だが、それは結局のところ、2018年当時の「第1の選択肢」の再確認的行為に過ぎず、有権者たちに「別の考え方」を促すものではない。ましてや対抗馬のひとりはルーラ氏だ。「裁判で裁いた側と、裁かれた側」。この対立関係がある上に、かたや一度は服役、かたや裁判結果を無効にされるという、互いにとっての屈辱も経験しているから、支持者にとって対立は遺恨と共にさらに深まっている。
 モロ氏の台頭では、「第3の選択肢」が与えられるどころか、路線的には、二極化がますます深みを増すだけに過ぎないように見える。(陽)