「はい、古川さんが『ボーズの件、どうなった?』と聞かれましたね。それを『因』つまり原因としましょう。あれをきっかけに喧嘩にまでなりました。あれは『あいつはボーズの件を取材したくてたまらないのだ』とジョージさんが勝手に決めた『縁』で喧嘩に発展しました。もし、ジョージさんが『ボーズの件、心配しているのだな』と解釈していれば、喧嘩にならなかったと思います」
「そうですよ、その通りですよ。だから、喧嘩の原因はジョージにあります」
「しかし、古川さんも、ジョージは喧嘩っ早い男だと云う『縁』、つまり偏見を最初から持っていたと思います」
「まー、そう言われれば心の底にありますが」
「それも原因なのです。貴方の考えで、ジョージさんはどうにでもなります。悪徳刑事にも、素晴らしい刑事さんにもなります」
「でも、奴はたくさんの人を捕える前に殺していますよ」
「そこに誤解を増幅する原因があるのです。古川さんが別の見方をしていたらあんな険悪な結果にならなかったと思います」
「そうですかね」
「そうです。私から見ると、お二人とも良いお方ですから、そんな事になるわけがありません」
「じゃー、どうすればいいのですか?」
「一言で言えば『悟』れ、でしょうか」
「『サト』れ?」
「そう言う私も、大学の先輩に『般若心経』を理解するのは僧侶の常識だ、と言われ、焦ってばかりで、『悟』りなど考える余裕がありません」
注文した食事が運ばれてきた。
「あれ? これじゃなかったけど、中嶋さんこれでいいですか?」
「はい、黒豆の煮込み料理ですね。う~ん、良い匂いですね」
「私はなるべく軽い食事がいいと思ってパスタをたのみましたが、何かの間違いでフェジョアーダが出てきました。ブラジルではこんなアクシデントはしょっちゅう;始終ですよ。寛容に受け止めないと、生きていけません」
「美味しそうですね」
「私を真似て下さい。ご飯を皿に盛って、その上にこの黒豆の煮込みをライスカレーの様にかけます。この細く切った桑の葉の炒めを混ぜ、このファリーニャと云うイモの粉をふって、適量のコショウ油をさし、これでOKです」
中嶋和尚は見よう見真似で、古川記者と同じ味付けをすると、十秒ほど両手を合わせ、「いただきます」と言って一口食べ、目を丸くして、
「古川さん、なんて美味しい料理でしょう! 何が入っているのですか?」
「・・・」古川は聞こえないふりして黙って食べ始めた。
中嶋も食べ終わるまで遠慮してこれ以上問わなかった。
「コーヒーをどうぞ。この料理はブラジルの代表的な料理です」
「パンの輪切り、それに皮をむいたオレンジのコンビネーション、どれを取ってもシンプルであって絶妙に料理にマッチしていますね」
「昔、農場や牧場主の高級料理で残ったブタの足、顔、シッポ、舌、骨、耳の塩漬けを黒豆とごっちゃ混ぜして煮込んだ奴隷の飼料でした。それが、高級フランス料理以上に美味しいと発見されたのは十八世紀だと聞きましたが、一説では、そのころ移住してきたヨーロッパ系移民が作った料理だとも言われています。それが今ではブラジル料理の王様です」
「本当に美味しかったです・・・。仏さまにお許しを・・・」
「さて、出発しますか」
古川記者はボーイに支払のサインを送った。それを見た中嶋和尚が、
「古川さん、支払いは任せて下さい。ガソリン代も私に・・・」中嶋和尚はトメアスでの法要の時のお布施で支払いをしようとした。
「ジョージから旅費を渡されていますから、任せて下さい」そう言って、古川記者が強引に支払い、ジョージに提出する領収書を取った。隣接しているガソリンスタンドで給油をして出発した。