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連載小説=日本の水が飲みたい=広橋勝造=(113)

ニッケイ新聞 2014年3月8日

古川記者は腕を組んで、首をひねり、

「俺の通訳、どこで間違ったのかな?」

「(私、決めたわ、絶対に彼と出るの、だから・・・、あなたが決めてよ)」

「(俺も困るな~。男の値段を決めるなんて初めてだ。出来ないよねー)」

「(もう、どうでもいいわ、五十ドルにしましょう)」

「(五十ドル?! 中嶋は、百ドル以上だと言っているんだぞ)」

「(彼が百ドル? 高いわーそれ、もっと安くしてよ・・・)」

「(俺、値切ったらいいのか、値上げするのか? わからなくなった。俺はこの交渉から手を引くからな)」

「(まってよ。無責任ね、五十ドルにして! これ、私の最終値段よ)」

「中嶋さん、バネッサがどうしても五十ドルにすると言っています」

ポルトガル語が全く分からない中嶋和尚は、

「五十ドル? 困ります。冗談は止めて下さい」

「冗談? 冗談言っているのは中嶋さんじゃないですか。二百ドル払うところを五十ドルもらって、いまさら困るなんて・・・」酒に強い古川記者も五本目のビールで呂律がおかしくなり、

「今夜は覚悟して下さい」

「僧侶である私の立場をよーく考えてください」

「中嶋さん! お気持ちは分かるようで分かりませんが、私の立場もよ~く考えて下さい、僧侶だから私よりも価値があると云うのですか?」

「そんな事言ったおぼえはありません」

「私の背丈は一メートル八十一センチ、それで百ドル支払うんですよ。中嶋さんはどう見ても一メートル七十じゃないですか、それが五十ドルもらうとは・・・、中嶋さん、私は『力』には自信がありますよ、脚力、腹筋力、視力、聴覚は自信があります。臭覚は風邪気味で、勃起力は今一つ・・・」

「古川さん、そんなんじゃなくて、私が言いたいのはですよ・・・」

「政治力、創造力、権力、活力、実行力、発言力、説得力、・・・、と、こう云う『力』を持っているのが男だと云いたいのでしょう」

「古川さん、私達、どうしてこんな話をしているのですか?」

「えっ? それはー、そのー、誰の方が価値があるかと云う事から始まって・・・、それで・・・、それに、中嶋さんが変な交渉を強制するからですよ!」

「強制したつもりはありません。古川さん、もう、いい加減にして下さい。私は車の中で待ちますから、おたくだけで・・・」

「(ナカジマが大~好きになっちゃった。興奮しちゃって、早く出たいわ)」

この有様をさっきから見守っている『地蔵菩薩』の使いが、なにやら古川記者に霊験を施した。

「(ちょっと待ってくれ!)」

「(如何したの?)」

バネッサの質問を無視して古川記者は現実に戻ってハッとした。

「大変だ! 資金不足だ。それにナイトクラブに飲み代も払わなくては・・・」

胸を撫で下ろしながら中嶋和尚が、

「資金不足では仕方ありませんね。引き上げましょう」

「ええっ! 断るのですか? 今さらそれはないでしょう・・・、中嶋さん、一銭も持ってないですか」

「いえ、こ、これは大切な・・・」中嶋和尚は一瞬青い顔になった。

「(今夜は、どんな事があろうと絶対にナカジマと出るわ)」

「(実は、俺達資金不足だ。だから今夜はお断りだ!)」

「(なんで? 今更、私、もうヤケクソだわ。もうどうでもいいわ)」

「(どうでもい~い!?)」訳がわからなくなった古川記者は一息ついてから、

「(俺もヤケクソだ)黒澤和尚はどうします?」

「シベリアともう夢の中です」

笑顔の黒澤和尚にシベリアが両手を差しのべながら、

「(貴方の名前は?)」