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連載小説=日本の水が飲みたい=広橋勝造=(116)

ニッケイ新聞 2014年3月14日

古川記者が重い腰を上げて、

「じゃー、帰りますかー」

「はい」黒澤和尚と中嶋和尚が元気よくソファーから立ち上がった。

「(送って行くか?)」古川記者の誘いにマルレニが、

「(ありがとう。私達、朝までここにいるの)」

「(じゃー、俺達帰るから)バイバイ」皆、抱合って別れを惜しんだ。

帰る車の中で、古川記者がニヤニヤしながら後部座席の中嶋和尚に、

「中嶋さん、大丈夫ですか。あんなに頑張って・・・、ですよ」

「頑張ったなんて、そんな事ありません」

「奮闘してたじゃないですか。彼女をあんなに喜ばせて・・・」

「ああ、あの叫びですか。なんでもありません」

「そんな事ないでしょう! あの叫びは普通じゃなかったですよ! 凄い馬力のセックスじゃないですか」

古川記者のドギツイ言葉に中嶋和尚は驚き、

「ええっ! 勘違いしないで下さい。私がそんな・・・」

「いやー、全く・・・、驚きましたよ。何ですかあの彼女の叫び方は」

「あれは彼女が飛び付いてきて、いやー、もう大変でした。洋服ダンスやベッドの下にもぐり込んだり、それから、又、タンスの後ろに・・・」

「中嶋さんが逃げ廻ったのですか?」

「いえ! 私じゃなく、ネズミです」

「ネズミ~!?」

「それが素早くって、ずる賢く、なかなか捕まらず、最後に少し開いていた窓の隙間から逃げました。あれはまるで鼠小僧次朗吉でしたよ」

「鼠小僧、次朗吉がね~・・・、彼女をたぶらかして、あんなスキャンダルな叫びをさせて・・・、ネズミですか。ネズミがねー。・・・」古川記者はやり切れない気持ちで落胆した。その中川記者を慰めるように黒澤和尚が、

「きっと、そのネズミは中嶋和尚を守る霊怪だったのですよ」

早寝早起きの中嶋和尚は心地よい車の揺れで安らかに眠ってしまった。

空から一部始終を見守っていた『地蔵』さんが安心して立ち去った。

第二十章 霊影

ローランジアまでの深夜の真暗な街道で車一つ出会わなかった。古川記者運転の車は一灯の街灯が寂しく点いたローランジアのインターチェンジにさしかかった。

黒澤和尚が二十メートルほど前方に白い影を発見した。

「あっ、人が前方に!」

「ええっ?」古川記者にはなにも見えなかった。

「危ない!」黒澤和尚が叫んだ。その瞬間、車はその白い影の上を通った。

黒澤和尚の叫びに驚いた古川記者は急ブレーキを掛け、酔いが醒め、ハンドルを握ったまま放心状態で運転席に居座った。

「古川さん、確かに人が!」

黒澤和尚は車から飛降り後ろに回った。急ブレーキで目が覚めた中嶋和尚も、何があったのかと、車を降りた。

「どうしました?」

「確かに道の真中に人が立っていたのですけど・・・?」黒澤和尚は首をひねりながら車に戻った。

中嶋和尚は黒澤和尚に習って車の後ろを確認した。その時、中嶋和尚は冷気を感じた。多分、居眠りしていたからだろうと思い、そのまま車に戻り、ドアを閉めようとした時、又、ひゃーっと冷気を感じた。

「古川さん、私の勘違いでした。驚かせてすみません」

あやまる黒澤和尚に中嶋和尚が、

「何か見えたのですか?」

「確かに白い人影が・・・」