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連載小説=日本の水が飲みたい=広橋勝造=(54)

ニッケイ新聞 2013年12月3日

「あの恐ろしい地獄の『閻魔大王』が仏だとは・・・」
「本来は優しい方だったのですけど、今の赤ら顔の憤怒(ふんぬ)な顔になったのは中国で作られたイメージで、下界をも支配して、死の神、地獄の王となられたのです。・・・、『閻魔大王』や『阿修羅』に代表される古代インドの異教の神々は、お釈迦さまに説得され、仏界の守護神として融合していったのです」
「日本にも古来の神々がおられたでしょう。仏教に帰依したのですか?」
「日本には古来から神道があります。その神道は、神楽に代表される、おめでたい行事にはいいのですが、反対に死者に対しての宗教的ケアーを満たせませんでした。それで、それを満足させてくれる仏教が役割分担としてスムーズに受け入れられたのです。奈良時代から『神仏習合』と云われ、神社とお寺が『敬神崇仏(けいしんそうふつ)』と云う形でお互いに尊敬しあって共存してきました」
「二つの宗教がうまく融合したのですね。ある中東の地域では宗派が違うだけで殺し合いまでしていますよ」
「大学で学友達と、あの地域の宗教問題を考えてみたのですが、その時のパネルディスカッションで、あの地域は人間の為に神があるのではなく、神の為に人間があると誤解し、更に、人の死を正当化してしまって、宗教が破綻している、と云う意見でまとまりました」
「破綻ですか?」
「適当な言葉ではないですが、教権だけを心配し、宗教の機能を失い、宗教ではなくなったわけです。それに、宗教の名を利用した権力争いですね」
「では、彼等を如何したら救えるのですか?」
「新しい別の宗教か、別の宗派の力が必要だと意見が出ましたが、あの地域の問題は宗派間の争いですからね、それも不可能です。それで、宗教以外の力が必要で・・・」
「軍事力ですか?」
「それではもっと混乱してしまいます。現状がそうですし」
「では、なんの力で?」
「芸術の力です。それで生れる理性の力じゃないか、と意見が出ました。それに全員が賛成しました。あの地域は人類初めてのメソポタミア文明が生まれた所で、素晴らしい芸術的遺跡がたくさん発掘されています。だから、昔は、世界で一番幸せな地域だったのではないでしょうか。それが今・・・」
「芸術の力ですか」
「中世ヨーロッパでも文芸復古によって人間性を取り戻し、暗黒時代から抜け出しましたよね。芸術は宗教が窮地に陥った時の助っ人と我々は位置付けました」
「テレビニュースでみたのですが、ある地域では仏像爆破までして、自ら人間性を絶ってしまいましたね。あの地域からは音楽も聞こえてきませんよ」