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連載小説=日本の水が飲みたい=広橋勝造=(68)

ニッケイ新聞 2013年12月21日

 遊佐氏が手塩に掛けて作った日本庭園が大分傷められてしまった。
 中嶋和尚が両脇のローソクを灯し、
「二〇〇七年五月十八日、第三トメアス日本人会と西谷輝久、アナジャス軍曹の喪主の方達にて、先没者の慰霊祭を」
「ちょっと待ってください。先没者達はアマゾン開拓のパイオニアです。ですから先駆者としてください」普段静かな尾崎が言った。
「先駆者の慰霊祭を行います」
 中嶋和尚は『チ〜ン、チ〜ン、チ〜ン、・・・、チ〜ン』と御鈴を七回鳴らし、『ポク、ポク、ポク、ポク、ポク、ポク、・・・・、』一定のリズムで木魚を叩き、それに合わせて、

「南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経、・・・」

 とエネルギッシュに御題目を唱えはじめた。
 その中嶋和尚の慰霊の心の全エネルギーは町の西側に迫る密林に尽く吸い取られていった。
 二十分間、中嶋和尚は祈りに没頭した。木魚のリズムに誘われ、一人、二人、そして参列者の半数が加わった。

「南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経、・・・」

 慰霊祭を始めてから三十分が過ぎた。中嶋和尚の後ろに座る西谷が、
「中嶋さん、何か問題があるのですか」
 中嶋和尚は木魚をたたきながら、
「実は、先駆者の霊をお迎え出来ません。アマゾンが大き過ぎるからでしょうか、皆様もご一緒にお願いします」
 参列者全員が加わり、読経の大合唱となった。
 アナジャス軍曹までも、

「ナムミオホウレンゲェキョ、ナンミオホウレンゲェキョ、ナンミオホウレンゲェキョ、・・・」

 と加わった。それでも、密林は皆の叫びを尽く吸い取った。
 それから十分後、中嶋和尚の横に西谷が来て、
「中嶋さん、どうしました?」
「先駆者の霊も魂の気配も感じません。このままでは・・・」
 霊をお迎えできない事は、僧侶にとって大きな敗北であった。アマゾンは想像以上の超自然の世界であった。
 西谷が語った『私にはどうしても超える事ができない何かが立ちはだかって』とはこの事であったのだろうか。
 時間と空間も絶対でない世界が、中嶋和尚の前に立ちはだかった。そう思った中嶋和尚は、その未知の世界に『仏の心を布教せよ!!』と新たに挑戦を誓って、身震いした。
 中断で慰霊祭の会場が少しざわめいた。