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連載小説=日本の水が飲みたい=広橋勝造=(14)

ニッケイ新聞 2013年10月1日

 ゆるい坂道を十メートルくらい下ると門が目の前に現れた。寺の門構はなく、灰色のペンキで塗られた七、八メートル幅の観音開きの大きな鉄製の門があり、その扉を支える石柱に『浄土真宗本派本願寺南米教団』左側の石柱には『西本願寺』と力強い墨字で記された大きな表札が掛かっていた。開いたままの門を入り、日本の城の様な石垣に挟まれた半円の登り坂を十メートルほど登りつめると、前面がパッと明るく開け、手入れが行き届いた日本庭園と無理すれば十台ほどが駐車できる広場があった。その広場の先に、中央に手すりが設けられた二十段程の幅広い石段が続き、その上に日本の下町の寺と比べても見劣りしない寺の本堂があった。日本のお寺との違いは、ヨーロッパの教会の様に本堂に塔が左右対称に二つ設けられ、その中に立派な釣鐘が吊るされ、空中鐘楼(しょうろう)となっている事だ。
 前の幅広い石段は法事待ちの家族やその知合い達で混雑していた。
 ジョージはその人混みを割って石段を駆け上がり、右側の小さな館の『法務受付』と書かれた窓に向かって、
「イマイさんおられますか」
「私です。法要の予約ですか」
「いえ」ジョージはメモを取り出し「ブッソウ宗のオテラを探しているんですが」
「『仏創宗』の南米別院はサン・ジョアキン街にある『聖心寺』(架空の寺)です」
「番地を教えていただけませんか?」
「ちょっとお待ち下さい」今井和尚は住所録をめくって、テキパキと事務的な声で「サン・ジョアキン街三三五で、電話は三四八二の四一五五です」
「そこの誰と?」

「布教総監の・・・、宿利さんだったかな・・・、ちょっとお待ち下さい・・・」
 住所録で再確認しながら、
「そうです、宿利晃天和尚です」
 ジョージはローマ字でメモしながら、
「フキョウソウカンのシュクリ・コウテン・オショウで・・・、電話は三四八二の四一五五ですね、有難う御座いました」宗教関係の寺や人の名は、漢字を読むのはおろか、二世のジョージにとって読みをそのまま記憶するのも不可能であった。聖心寺のあるサン・ジョアキン街は東洋街にある日本移民博物館や図書館を備えた日本文化協会ビルの直ぐ近くで、ジョージの旅行社インテルツールからもそれほど遠くなかった。