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連載小説=日本の水が飲みたい=広橋勝造=(18)

ニッケイ新聞 2013年10月8日

 食事が終わって、ブラジル式の濃いコーヒーをいれながら、
「なんの下調べもせずブラジルに乗り込んで来るなんて、正直言って中嶋さんは無謀ですよ」
「実は私も、ブラジルの空港に着いてそう思いました」
「えっ! 空港に着いてですか・・・!」ジョージは呆れて一瞬言葉を失った。
「中嶋さんは観光ビザですね。三か月の滞在が許されています」
「たったの三か月ですか、私は井手善一和尚に仕え、最低数年はブラジルに・・・」
「そのイデ・ゼンイツ・オショウの事ですが、明日の午後・・・、ちょっと待って下さい」そう言って小さなメモ用紙を取り出し、
「ブッソウ宗のフキョウソウカンのシュクリ・コウテン・オショウに会ってゼンイツ・オショウの事を聞きます」
「もう、そこまで調べられたのですか、明日といいますと、ここから近いのですか?」
「サン・ジョアキン街のセイシン寺と云うお寺です。歩いてでも行けます」
ジョージはメモ用紙を納めながら、
「面会の約束は明日の午後ですから、今夜はゆっくり休んで下さい。お先にシャワーをどうぞ・・・」
「有難うございます」よっぽど疲れているのであろう、僧侶は素直にジョージの言葉に素直に従った。
 中嶋がシャワーを浴びている間、ジョージは使用していない部屋のベッドに洗いたてのシーツを広げ、上に毛布をかけ、枕カバーを取り替えた。
 中嶋はシャワーで疲れ切った心身を癒し、それから、機械洗いが出来ない法衣を丁寧に洗い絞った。
「中嶋さん、どうぞこの部屋で・・・、おやすみなさい」
 シャワーを浴びた中嶋和尚はジョージに案内された部屋のベッドに座り、ホット一息ついて一日を振り返った。
 今日の朝の窮地に、無意識に縋(すが)ったこの『世』の助けを求める『音(こえ)』を『観(きい)』て応じられ、色々な化身となって天台、真言、真宗の各派や浄土宗の色々な寺でも本尊となられる『観世音菩薩』と、その脇侍であるかの様に現れたジョージへの感謝の気持ちで『法華経』の中の一品(いっぽん)の『観音経』を心で祈りながら、普段飲めないワインの効果も手伝ってベッドに倒れ、『安堵浄土』へ気を失う様に眠り入った。