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ブラジルの7大音楽家が集結=「伝記」のあり方をめぐり

ニッケイ新聞 2013年10月11日

 カエターノ・ヴェローゾ、ロベルト・カルロス、シコ・ブアルキ、ミルトン・ナシメント、ジルベルト・ジル、エラズモ・カルロス、ジャヴァーン…。いずれも1960年代以降、現在に至るまでブラジル音楽界を代表してきた大物アーティストだが、この7人が共通の目的で権利の主張を展開している。それは「伝記」についてだ。
 ロベルト・カルロスは2006年に自身の伝記に「人権侵害にあたる表現があった」として発行元のプラネタ出版社を訴え、勝訴して発売を差し押さえたことがあったが、今はそこに前述の大物たちが加わった。彼らは「プロクーレ・サベール」(知の追究)という団体を作り、伝記本の対象となる人の権利を求めて戦う構えでいる。
 「プロクーレ・サベール」の代表はカエターノの前妻で現在もマネージャーを務めるパウラ・サヴィーネだが、パウラによると同団体は、伝記本で描かれる対象となった人やその遺族に対し、作者や出版社が肖像権などを支払うことを義務化させようとしている。
 これは、民法が「個人の名誉を毀損する可能性がある場合や商用目的で個人が書いたものを公開したり個人の肖像を使用したりする場合、事前に了承を取る必要がある」と定めていることに基づく要求で、同団体では、伝記の主役には出版前に事前了承をとることと共に、内容の見直しや校正への報酬、肖像使用料、文章を引用した際の著作料といったものの支払いも義務付けるつもりだ。
 だが、この動きに出版社や伝記作家が一斉に反発。それは1988年制定の連邦憲法で「知的、芸術的、科学的な活動の表現は、検閲や許可の有無には関わらず、自由であるべき」と記されているからだ。事実に基づくことが前提である伝記の場合、諸外国でも表現の自由を尊重し、情報の入手方法が正当である限りは、伝記の対象となる人からの了承を得なくても良いこととなっている。全国編集者協会(Anel)は最高裁に民法の解釈についての確認を行う意向だ。
 9日付フォーリャ紙には、伝記作家の一人でカエターノの長年に渡る親友であるベンジャミン・モゼール氏がカエターノにあてて書いた抗議文が掲載されており、「軍政時代に表現の自由をめぐって国外追放を受けた君が検閲する側に回るとは」と遺憾の意を表明。さらに、「君たちが訴えている事前了承や伝記の主役による内容閲覧は、書き手が表現する前に行う検閲にあたり、作品が世に出ることすら阻むという意味で軍政時代より重篤」「表現の自由は誰もが好む賞賛行為を守るためにあるのではない。ジャーナリズムに批評はつきもので、権力者の声だけを取り上げるためのものではない。プロパガンダとは決定的に違うのだ」と記している。
 影響力のあるアーティストが一斉に立ち上がっての行為は、一般世論を動かしやすいが、一歩間違うと「表現する側の自由をコントロールする」ことにもなりかねない。
 現行のブラジルの法律は、書く側、書かれる側、双方共に有利な解釈が出来るため、これを機会に改めての法整備の必要もあるようだ。(9日付フォーリャ紙より)