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生まれる子は他人の手に=子を生かすために涙呑む=北東伯で続く悲しい選択C

ニッケイ新聞 2013年9月12日

 「娘を他人にあげた事は後悔していない。少なくとも餓死する事はないし、将来もある」—。北東伯に住む貧しい家族の現実を伝える母親達の言葉とその歴史の一端を、8日付エスタード紙が報じた。
 北東伯というと、セルトン(奥地)、干ばつなどの言葉や、カヌードスの乱、ランピオンに代表されるカンガッソ(武装強盗団)を思い浮かべる人も多いだろう。近年は鉱山開発なども進み、経済力が向上してきたとはいえ、日のあたらない所では今も貧困にあえぐ人が多く、生まれた子供を他人の手に委ねなければならなくてバラバラになる家族も後を絶たないというのだ。
 夫は飲んだくれで生まれてくる子供の事など気にも留めなかったというベアトリスさんは、継父から追い出されても堕胎はせず、20歳の時、子供を産んだ。だが、バイア州のエウクリーデス・ダ・クーニャで生まれ、モンテサントという貧しい町に住む貧農のベアトリスさんには、保育所や保健所などの公共サービスは夢の夢。2カ月で病気もしたマックス君を無事に育てる唯一の手段は養子に出す事だった。
 マックス君を引き取ったのは、サルバドールで貿易会社を興そうとしていた南大河出身のカルメン・トプシャルさん(49)とドイツ人の夫ベンハルドさん(50)で、ベアトリスさんは「あれしか方法はなかった。私と一緒にいたらあの子はもう死んでいたかもしれない」と呟く。
 帝王切開の費用は養父母が払い、生まれたばかりの子供の写真さえ残っていないというのはマリア・ジョゼ・ダ・シウヴァさん(26)。エウニセ・デ・ジェズスさん(40)も、超音波検査や入院費、避妊手術の費用を払った養母が生まれたばかりの子供を連れて行ったというが、中絶するために薬を飲む事は考えなかったという。
 3歳だった息子を引き取りたいと言う人と息子を引き合わせたが手放すのは思い止まったというパスコアリナさんは、他人からもらう食料で口を糊する。「あの時養子に出していたらこんな苦労はさせずに済んだかもしれない」との言葉は胸にしまったままだが、将来への不安は隠せない。
 これらの話は子供を手放さざるを得なくなった家族のほんの一例だ。昨年6月にメディアを騒がせた、兄弟5人がサンパウロ州の4家族に引き取られた例や、マックス君の他に2人を引き取った他、南伯や南東伯への養子斡旋をして人身売買を疑われているカルメン夫妻のように犯罪を疑われるものもあるのは事実だ。だが、我が子を救わんがために悲しい選択をする親が後を絶たない現実に、国や為政者はどのように対処していくのだろうか。