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連載小説=日本の水が飲みたい=広橋勝造=(6)  

 

ニッケイ新聞 2013年9月19日

 

「仏さまがお誓いをなされるのですね?」
「はい、自分の役割を宣言されるようなもので、ほとんどの仏様が『誓願』をお立てです。すべての『菩薩』さまに共通する誓いを『総願』と云い、それに対し個別に、例えば『薬師如来』さまの『十二願』、『阿弥陀如来』さまの『四十八願』、『お釈迦』さまの『五百大願』などとたくさんあります。これ等の誓いを全部まとめて『本願』と云います」
「そうか、それで、西本願寺や東本願寺の名はそこからきているんだ」
後部座席の一番年寄りの男が、中嶋旅僧の分り易い説明に感激して、
「日本からすばらしいオボーさんが来られたのですよ、それも若いオボーさんで、ブラジル日系人にとってこれほど喜ばしい事はありませんよ」
「私はすばらしい僧侶ではありません。一生懸命仏教を勉強したつもりですが、なんの経験もない愚僧です」
「そんな事ありませんよ」
「いえ、そうなんです。先輩僧にそう指摘され、これではいけないと悩やんで、それでブラジルへ・・・」
「なんでブロジルへ修行に?」
「はい、ブラジルで活躍されておられる僧に仕え、経験を積みプロになろうと・・・。皆さん、このノートにお名前とご連絡先をお願いします」
「そんな大袈裟な金じゃねーから、そこまで・・・」
「いえ、心がこもった『慈悲』と云う貴重な大金です。お願いします」
「私の町にいらっしたら是非寄ってください」と言いながら、年寄りの男が率先して名前と住所を書き入れると、他の日本人達もそれに習った。

 旅僧はブラジルに着いた途端、不運に遭ったが、それが『因』でブラジル日系人達との思いもよらない幸運な出会いに感謝した。

三十分後、
「今回、インテルツール社をご利用いただきありがとうございました」
「いやー、ジョージさん、心のこもったサービス、本当にありがとう」そう言って二人の客と助手席のチャッカリ男は東洋街に近いサンパウロ中心で降りた。
 不安顔の四十男と、これも不安顔の途中で拾った中嶋と名乗る旅僧が後部座席に残った。
 四十男が助手席に移りながら、
「他州から迎えが来るまでサンパウロで待機するのですが、英語で対応してくれるホテルを紹介してくれませんか」