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連載小説=日本の水が飲みたい=広橋勝造=(9)

ニッケイ新聞 2013年9月24日

【社会部の古川です。どなたですか?】
「ジョージ」
【ジョージ?】
「ジョージ・ウエムラだ」
【おぃや〜、珍しー、刑事が俺に電話してくるとは、で、事件とは?】
「事件? そんな事じゃなく、ボーズの事で聞きたい事があるんだ」
【ボーズ?】
「だいぶ前、レストラン『ポルケ・シン』のジゾウの前で『ボーズの事なら何でも』とお前が自慢していたから、それで・・・」
【あ〜、その坊主。なんでもどうぞ】言葉とは裏腹に仏気(ほっけ)ない口調だ。
「ローランジアと云う町のボーズを探しているんだ」
【ローランジア? ・・・・・・、あ〜ぁ、パラナ州の、来年、日本から皇太子殿下をお迎えして日本移民百周年記念式典が行われる町だ。それに、町外れの『日本移民センター』公園に開拓先没者慰霊碑を建てたそうだ。一度、式典前に取材しなくてはと思っている】
「コウタイシデンカ?」
【プリンシピ(プリンス)徳仁さまだ】
「おー、マジェスタージ(でんか)・プリンシピエルデイロ(こうたいし)・ナルヒトさまが来られるのか、それはめでたいじゃないか。しかし、イミグラソン(イミグレーション)・センチュリー;センテナリオのコメモラソン(コメモレーション)はサンパウロで開かれるのだろう?」
【日本人の多いパラナ州でも別途に式典が組まれたんだ】
「しかし、なんで、そんな名も知れない町が!?」
【州都のクリチーバや北部の大都市のロンドリーナやマリンガが競って式典を勧誘したがまとまらず、このローランジアが立候補したら反論も起こらずに決まった不思議な町なんだ】
「その不思議な町のイデ・ゼンイツというボーズを探しているんだ」
【ローランジアには有名な寺があるが・・・】古川記者はもったいぶった口ぶりで【ボーズの名は・・・、なんて云ったっけ・・・】そう言いながらノートをめくっているようだ。
「それから、もう一つ聞きたい事があるんだ。なんであの『ポルケ・シン』にジゾウが飾ってあるんだ?あれはテンプロ(寺院)に飾るんだろう?」
【言われる通り、本尊としてお寺に飾るものだが、何年か前、みすぼらしい老人があの仏像を背負ってあの食堂に売りに来たそうだ】
「それで?」
【可哀想な老人を見て、食堂のオーナーがその場で、老夫婦が望む七千ドルで買ってやったんだ】
「ええっ、あれが七千ドルもするのか?!」
【老夫婦が日本へ帰る必要費用だったそうだ。それで・・・】