ニッケイ新聞 2013年7月4日
写真=警備員による身体チェックの様子
写真=フッキの交代シーン。温かい拍手が会場にこだました
写真=肩を叩き合った戦友。写真撮影も快諾してくれた
6月30日に行われたリオ市のマラカナン競技場(7万人強収容)でのコンフェデレーションズ杯決勝戦。ブラジル・サッカーファンなら誰もが憧れる伝説のスタジアムで「ブラジル(伯)×スペイン(西)」という夢のカードとあれば、現地観戦出来るチャンスはおのずと限られる!
と力んだが、非力にも通常チケットすら手に出来なかったブラジル滞在2年目の記者(涙)…。気を取り直して、せめてもの臨場感を求め、サンパウロ市セントロのアニャンガバウー広場に特設された3面の大画面の屋外パブリック・ビューイング(観戦会)で臨場感溢れるブラジル式応援に接してきた。
試合開始15分前の午後6時45分、不気味に静まり返る旧市街地セントロ(治安が悪いことで有名!)を抜け、サンパウロ市役所にほど近い会場に辿り着く。広場への各進入路では、まるでサッカー場のような身体チェックが行われ、ものものしい雰囲気が漂う。
警備厳重「いいぞ、いいぞ!」
いいぞ、いいぞ、雰囲気が盛り上がってきた!——と心の中で喜ぶ。もちろん、自分にやましい点がなければ、警備はむしろ心強い。
広場前方のメインステージ周辺はすでに群集でいっぱいの状態。4万人ほどがギッシリだ。前半45分の観戦は、後方に陣取ることを決める。
試合開始直前の雰囲気を率直に言い表すならば、スタジアムのような一体感はない、という印象。騒がしいのは間違いないが、そこに統一感は皆無だった。まとまって応援歌が歌われることも無く、ウェーブが巻き起こることもない。ブラジル代表の黄色いシャツの数も多いと言えば多いが、全体を見渡せばむしろ関係のない配色の服装が過半数を占めているようにも思えた。
記者のまわりには、上半身裸で雄叫びを上げている若者の集団もいれば、そんなものを意にも介さず地面に寝転がるカップルの姿も。スペースに余裕のある後方の画面付近は、人でひしめき身動きもとり辛い前方と比べると、何ともノンキなものだ。
午後7時、両国国歌斉唱の後キックオフ。結果として90分で3点がスコアボードに刻まれるのだが、一番大きな歓声が上がったのは間違いなく9番フレッジによる先制点の場面だった。応援用に現地で配布された銀行ロゴ入りの棒状のビニール風船で、大笑いしながらお互いを殴打し続ける若者には狂気すら感じた。
ここでスタジアムであれば「Eu Sou Brasileiro〜、Com Orgulho〜」といった定番の応援歌が誰からとなく会場にこだまするのだが、ここではそれも無く、それぞれがそれぞれにゴールを喜び、歓声を上げる。
ああ、熱い…キックならぬキスが目前で
かとおもえば、人目を憚らず熱いキスを始め、いつまで経ってもくっついて離れない「試合そっちのけカップル」も視界にちらついた。何となくではあるが、こちらのスタイルこそが、より〃ブラジル人らしい〃かも、とぼんやりと考えた。
決定的なピンチも確かにあったのだが、ネイマールの目の覚めるようなスーパーゴールで2点のリードを奪い、スペインチームを意気消沈させ前半が終わる。画面の向こうは勿論のこと、こちらの会場の雰囲気も楽観そのもの。
大画面にテレビ局の中継で、自分たちの姿が映し出されると、その時だけ調子を合わせて諸手を挙げてアピール合戦を繰り広げた。
世の「サッカー通」がよく口にする「2点差は危険なスコア」という言葉も、今夜のブラジルにはあって無きが如し。そう感じさせるほど圧倒的な迫力を見せ、運まで見方につけたセレソンに、皆が陶酔しているように感じられた。
得点シーンで隣の若者と肩叩き合う
後半からは、群集を掻き分けてステージ前方周辺までポジションを上げる。前半とは違い、より足の踏み場もなく、時折クーラーボックスを頭上に掲げる売り子に視界を塞がれる中での観戦。いささか不快感はあったものの、得点シーンで隣の若者と肩を叩き合い、共に喜べるなど、こちらの方がより観戦会の雰囲気を楽しめた。
後半立ち上がりのフレッジの得点でほぼ試合が決する中、次に大きな盛り上がりを見せたのは、スペイン代表DF・ピケの退場シーン。恋人でコロンビア人有名歌手のシャキーラの名前が冷やかすように叫ばれ、下品に指笛が鳴り響いた。
一日本人として感動させられたのは、73分の19番フッキの交代場面だ。今大会無得点に終わったこの元Jリーガーに対し、サンパウロの観衆からも惜しみない拍手が贈られた。労をいとわない勤勉なプレッシングで、守備面でも大きく貢献したことを評価されてのことだろう。
やってくれたフッキ
29日付本紙日系社会面の関連記事の中でも語られている通り、彼にとっての今大会はセレソンにおける自身の地位を確立させる場として、まさに「人生をかけた戦い」。勿論本人にとって得点を奪えなかったことは反省すべき点であろうが、サポーターからの信頼を勝ち取ったという点で、大きな収穫を得た大会だったのではないか。
その後大きな波乱もなく、ブラジルチームの圧勝に終わった試合。会場では引き続きダンスグループによるショーが始まったようだが、手に持った一眼レフが治安面の心配を増幅させ、後ろ髪引かれながらもそそくさと広場を後にした。
帰宅途中、意外だったのは、あれだけ騒がしかった会場から10分歩くと、全くといってよいほど気勢を上げるブラジル人の姿が見受けられないことだ。道すがら見かけた同じ広場で観戦していたであろう黄色いシャツの集団も、実に粛々としたもの。大々的なデモが行われている最中だけに、皆が遠慮したのか。それともサッカー王国ブラジルにとって、コンフェデ杯優勝程度では「騒ぐに値しない」ものなのか。
何にせよ、これで一つのお祭りの幕が閉じた。当面の「ムダ遣いの象徴」が終わったデモ参加者の今後の動向も気になるところだが、やはり気掛かりなのは〃コンフェデ杯のジンクス〃の存在。この大会で好成績を残した翌年のW杯で、ベスト8から上に進んだチームはない。21歳のネイマールに象徴される若きセレソンに、このジンクスを打ち破れるのか、注目だ。(酒井大二郎記者)