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連載小説=日本の水が飲みたい=広橋勝造=(121)

ニッケイ新聞 2014年3月21日

「ダメです。森口氏を裁くのに不法な手段を用いると、彼女が冥界に呼び戻され、逆に彼女は『閻魔』さまから再審に差し戻されてしまいます」

「? 何の事だかサッパリ・・・」

「殺された彼女が幽霊になってしまうのです。信じて下さい」

「ボーズさんが言うのであれば信じるが、?~」

「ジョージ、森口は毎晩ここに飲みに来る。今夜も来る頃だ」

「ここに自首して来るなら簡単だ。任せてくれ」

中嶋和尚は、一緒に考えるジョージと古川記者の関係が平常に保たれている事で『般若心経』の説教が少し伝わったようで安堵した。

「コンバンワー、エブベリバディ」英語と日本語を混ぜた言葉と一緒に男が入って来た。一瞬、『桃太郎』店内に不穏な霊気が漂った。

「奴が森口だ」古川記者がジョージに耳打ちした。

「(いいタイミングだ。神様が連れて来て下さった様だ)」

一度、森口と問題を起こした二、三人の客が勘定を終わらせて出て行った。

ジョージが森口の威勢を挫くかの様に、

「コンバンワ、どなたさん?」

森口は数ヶ月の米国滞在で優越感を持ったのだろうか、日本語までアメリカ風に発音して、

「フー・アー? アナタワ?」

「日本人の顔して日本語が話せないとはかわいそうだね」

森口はジョージの同情の言葉に怒り、

「なに~! お、俺はちゃーんとした日本人だ。お、お、俺が見えねーのか!」

「どこの原住民だ?」

「よく見ろ! お、お前の前にいる、お、男が本当の日本男子と云う者だ。よく、お、お、覚えとけ!」

「日本ダンシもずいぶん価値が落ちたもんだ」

「この野郎~!お、おれを誰だと、お、思ってやがる。お、お、お、俺は、お、お和尚さまだ」森口は興奮すると『お』を吃るようだ。

中嶋和尚が成行きに心配して、

「ジョージさん、出ましょう」

「ジョージと云うのか、この~、二世のくせに生意気言いやがって」

「二世で悪かったなー、くせの悪いニセボーズよりもいいじゃないか」

「なに~、ブラジル人のくせに、日本人の真似しやがって、それにニセボーズとはなんだ! お、おれは、お、和尚だ!」

「だったら、頭剃って、ここでお経をあげてみろ」

動じないジョージに怒った森口は拳を絞った。

「待て、暴れるなら表に出ようじゃ・・・、うっ!」

言い終わらないジョージの胃袋に森口の拳が食い込んだ。

「気を付けろ! 奴は空手三段だ!」

古川記者がそう叫ぶと、ビール瓶が鈍い音で森口の頭で割れた。

「ジョージさん、暴力はいけません」

中嶋和尚が止めに入った時には、森口が頭から血を流し、気絶して喧嘩は終わっていた。

突如、ジョージは腹をおさえ、よろけて古川記者の肩に倒れた。

「ジョージ大丈夫か?!」

「う~、大丈夫じゃ、ないな、ちょっと、アパートまで・・・、連れてってくれ」素直に傷の深さを伝え、ジョージは口から血を吐いた。

「これは重傷だ、病院へ運ぼう!」

十五分後、中嶋和尚と古川記者は、緊急治療室の待合室にいた。

連絡を受けたカヨ子さんが駆けつけ、入院手続きを終わらせた。

中嶋和尚は片隅で『釈迦如来』を頼って拝んだ、しかし『釈迦如来』も、浄土に導いて死後の面倒をみる『阿弥陀如来』も、現世利益で延命を司る『薬師如来』にも、遠いブラジルでの喧嘩の後始末する願いは届かなかった。そのかわり、中嶋和尚が知らない『観音』さまが現れた。