ニッケイ新聞 2013年6月7日
ベッドの横に置かれた小さなテーブルの上には、氷と水、ロックグラスにニッカの「G&G」のボトルが並んでいた。サントリーオールドより越路吹雪のCMが流れる「G&G」の方が好きだと言ったら、美子はそれを買い置きするようになった。
氷入れグラスの中の氷は半分ほど溶けていた。ウィスキーのボトルも半分ほど空いていた。美子はすでにかなり飲んでいた。
小さくなった氷をグラスに放り込み、ウィスキーをなみなみと注ぎ、それを児玉に突き出した。壁際に置かれたベッドに寄りかかりながら、児玉は一口だけ飲んでテーブルにグラスを戻した。
「それで用事って何だ」
美子はグラスに残ったウィスキーを一気に飲み干し、手掴みで氷をグラスに入れ、ウィスキーを注いだ。以前の児玉なら止めたが、その日は何も言わなかった。不満そうに美子はタバコに火を点け、煙を天井に向けて吐き出した。
グラスをゆすり氷とウィスキーを馴染ませると、喉を鳴らしながら半分ほど飲んでしまった。タバコを口に咥えながら「児玉君も飲みなよ」と言った。
「用事って何だ」もう一度同じことを突き返すように聞いた。
美子は残ったウィスキーを飲んだ。味わって飲むという飲み方ではなかった。児玉は注意もしなかった。美子は同じようにしてウィスキーをグラスに注いだ。
「一緒に飲んで。それから話すわ」
児玉はグラスを半分ほど空けた。それでも美子は飲み続けるばかりだ。
「どうして飲まないの」
「出発準備が終わっていない。暢気に夕方から飲んでいるわけにはいかない」
児玉は事務的な答え方をした。早く切り上げて自宅に戻りたかった。それが美子にも伝わったのだろう。
「いつもの児玉君じゃない」
自分から別れると言ったことなどすっかり忘れているような口ぶりだ。
「隣に行ってもいい」
美子もベッドに背を委ねながら児玉の横に座った。児玉はグラスを取り、ウィスキーを胃に流し込んだ。アルコールが体内に回り苛立ちが少し氷解したような気がした。美子が二杯目のロックを作って児玉の前に置いた。
グラスに手を伸ばそうとすると、美子はその手を握って胸に導いた。片方の手でブラウスのボタンを外した。ブラジャーはしていなかった。美子が覗き込むように児玉の顔を見た。
児玉は美子の胸を感情のこもらない手で弄った。
「ホントに嫌いになってしまったの」
美子が微笑んだように見えた。児玉の自制心もそこまでだった。児玉はそうなることを心のどこかで拒絶し、その一方でそれを望んでいた。児玉は唇を重ね、ブラウスを剥ぎ取るように脱がせた。それが合図だったかのように、美子は児玉のベルトを慣れた手つきで引き抜き、ズボンのジーパーを引き下ろし、手を挿入してきた。
美子はテーブルに手を伸ばしグラスを取ると、残っていたウィスキーをすべて飲みほし、身を屈めていきり立った男性自身を口に含んだ。児玉もグラスを取り、ウィスキーをあおりながら美子のなすがままにさせた。
児玉がいつ果てるのかも美子は知り尽くしていた。その瞬間になると、美子は口を離して、母親が生まれたばかりの子供にするように男性自身に頬ずりをした。
「ベッドでしよう」
美子が立ちあがり、下着を脱ぎ捨てると毛布の下に潜り込んだ。児玉も裸になってベッドに身を横たえた。
児玉は美子の首筋に舌を這わせた。美子は両腕を児玉に絡ませながら、「好きにして」と言った。そんな言葉を聞くのは初めてだった。児玉は聞こえないふりをして、美子の柔らかい隆起を揉み乳首を吸った。
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