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コラム 樹海

ニッケイ新聞 2013年5月25日

 あの関東大震災が起きてから今年の9月1日で90年を迎える。東京と横浜での死者不明が10万人を超え住宅全半壊は21万戸に達し将に危急存亡の災禍であり、後藤新平が東京の復旧を目指し壮大な計画を表明すると、大風呂敷と評されもした。こうした復興計画の一つに同潤会アパートがあり、東京と横浜に耐火と耐震を目指し鉄筋コンクリートの集合住宅が建設された▼東京帝大建築科の内田祥三研究室が軸になって設計し、水洗便所や風呂なども完備した近代的なものであり、庶民の憧れの的になったそうだ。第一号は昭和元年に竣工しているが、1戸当たりの床面積がどうもはっきりしない。恐らく—広くても80平方メートル位だろうが、そこに衆院議長の前尾繁三郎や安保反対の社会党委員長で演説中に右翼少年・山口二矢に刺殺された浅沼稲次郎らが暮らしていたのだからやはり立派な建物だったに違いない▼そんな同潤会アパートも寄る年波には勝てず老朽化して取り壊しが続く。最後まで生き残っていた上野駅近くの「上野下同潤会アパート」も築84年になり解体工事が始まった。鉄筋4階建て2棟。最後の住人65名は感無量の心情であろうが、それでも55人が跡地に建築される14階建てのマンションへの入居が内定し—それが何よりも楽しみと語る▼元住民の中には江戸英雄(三井不動産社長)と見坊豪紀(明解国語辞典執筆)やシャソン歌手から作家になった戸川昌子など多士済済なのも嬉しくなる。こんな多彩な歴史を物語る重厚なアパートも、時という大きな流れに呑みこまれ消えて行くのは、一抹の寂しさでもあるが—。(遯)