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コラム 樹海

ニッケイ新聞 2013年4月17日

 身近な割に起源がよく分からない食べ物に、パステルがある。まるで空気を食べているような独特の食感は〃フェイラの味〃として広く愛されているが、あれは東洋系移民が持ち込んだものらしい▼『百年史』第3巻548頁には、戦前は「パルテル屋=中国系というエスニック・イメージで捉えられていた」とある。中国系移民が持ち込んだ揚げ物を起源とするとの説だ。それによれば戦前のサントスには沖縄系移民が集住しており、多くが中国系のパステル屋で働いて生計を立てていたが、大戦中の1943年7月7日、海岸地域から日本移民やドイツ系が強制立ち退きさせられた。彼らがサンパウロ市に出てフェイラでパステルを一般化させたと説明されている。パステルの美味しさの裏には、〃悲しい歴史〃という苦い調味料が利いていた▼ちょうど70年前の七夕、日本移民約6500人もが24時間以内のサントス強制立ち退きを命ぜられた。『南米の戦野に孤立して』(岸本丘陽、曠野社、1947年、40頁)には「家も商品も家財道具も何も彼も一切を放棄し、羊の大群が追われてでも行くようにほんの着のみ着のままで、小さな手廻り品だけを持つ女達、子供の泣き叫ぶ声、老人のうめき声、兵隊の叱咤の声、長蛇のごとき堵列は追われるように鉄道線路へと引かれて行き、そこで貨物同様に汽車に積みこまれ」たとある▼岸本はこれを《大南米におけるわれらの「出埃及(エジプト)記」》(同42頁)と譬えた。虐げられていたエジプトからユダヤ人が脱出する苦難の物語は旧約聖書で読み継がれているが、日本移民の〃出サントス記〃も書き残されるべきではないか—と思った。(深)