先週から大きな波紋を投げかけているペトロブラスの米国パサデナ製油所の問題に関し、買収を行ないはじめた06年当時に国際渉外理事だったネストル・セルヴェロー氏が21日付で同社関連の業務から更迭された。また、同氏がベルギーのアトラス社と行なった交渉の実態も伯字紙によって明らかになってきている。
セルヴェロー氏は21日、08年から就任していたペトロブラスの関連会社であるBRディストリブイドーラ会計担当理事を更迭された。セルヴェロー氏は休暇で欧州を旅行中にこの知らせを受けたが、「私に唯一残された選択肢は黙ることだ」と沈黙を貫いた。
アトラス社が4250万米ドルで買い取ったパサデナ製油所を11億8050万米ドルという不当な高額で買収した疑惑の取引は、ジウマ大統領が同社の経営審議会議長をつとめていた06年当時に承認された。この買収に関し、ジウマ大統領が「契約条項に不備があった。知っていたら、50%の株の買収を審議した時点(06年)で反対していた」として反論したことが19日付エスタード紙の報道で明らかになって以来、この問題は社会的関心を強めていた。当時の買収交渉の責任者だったセルヴェロー氏の更迭は、この時点から有力視されていた。
23日付フォーリャ紙の報道では、セルヴェロー氏が08年3月の時点で、パサデナ製油所の100%買取をみずからアトラス社に提案していたことがわかった。同年3月3日に先方に提出された提案書には、ペトロブラスがアトラス社の持っていた残り50%の株を「双方の同製油所に関する意見が一致しない」ことを理由に買い取りたいとしていた。
これは、ジウマ氏が「06年の際に知らされていなかった」と主張する「プットオン契約」に則ったものだ。さらにこの提案書には当時のジョゼ・セルジオ・ガブリエリ総裁や、当時理事のひとりだったグラッサ・フォステル現総裁の署名も記されている。だが、この提案書は経営審議会にかけられないまま送られていた。
さらに24日付フォーリャ紙では、08年6月20日のペトロブラスの経営審議会で、06年の契約時に見落とされていた条項に関する会議が行われていたことを伝えている。議事録によると、そこでは、ジウマ氏が「06年時にはなかった」と主張する、「市場の情況に関係なく、共同経営者には6・9%の分配を毎年支払う」との約束を決めた「マルヒン」という契約条項について話し合われた。通常、マルヒンで共同経営者が受け取る額は最大5%とされている。この会議は、ペトロブラスとアトラス社の法廷闘争のきっかけとなったが、10年に敗訴し、12年に8億2050万米ドルを支払うことにつながった。
なお、2010年には約3800億米ドルと、国際的にも注目されていたペトロブラスの資産は、14年現在は半分以下の1790億米ドルまで下がっている。