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連載小説=移り住みし者たち=麻野 涼=第5回

ニッケイ新聞 2013年2月1日付け

 児玉の唇がその白い肌を這っている。
「私を抱いた男は皆、そう言うよ」
 児玉を挑発するように美子が言った。児玉は美子の乳首を吸った。美子の呼吸が荒くなる。美子はベッドから身を乗り出すようにして、灰皿に煙草を揉み消した。
 美子は甘えるように児玉の首に両手を絡ませ唇を重ねた。
 電話が鳴った。ベッドから抜け出して美子が受話器を取ろうとする。児玉がそれを制止した。
「こんな夜中の電話、出るなよ」
「だめよ、アボジ(お父さん)かも知れないから」
 美子が受話器を取った。
「はい、朴です」
 取った瞬間、美子の表情が曇る。父親でないことは児玉にもすぐわかった。
「また、あの男か」
 美子が電話に応対しながらうなずく。二年前まで、朴美子と付き合っていた男からの電話だった。彼女の家に泊まるようになり、時折かかってくる電話が別れた男からのものだとすぐにわかった。彼女の苛立つ口調や言葉の端々にそれが現われた。
「電話するのはもう止めてと言ったでしょう」
 相手の怒る声が受話器から漏れて来た。児玉は相手が高校の教師だということ以外何一つ知らなかった。しかし、二人が別れた理由ははっきりしていた。児玉がその男から美子を奪ったのである。奪ったという言葉は適切ではないかも知れない。美子に恋人がいたことを知ったのは親密な関係になってからしばらく経ってからだった。
「それ、どういう意味……。ヴァージン面するなってどう意味なの」
 美子はシーツを跳ね上げてベッドの淵に座った。煙草をくわえると空いた手で火を点けた。ライターを床に放り投げると、児玉に灰皿を取ってと目で合図した。美子はしばらく声を荒げて話し続けた。
「もう電話しないで下さい」
 こう言うと美子は受話器を置いた。美子は下を向き俯いたままだった。
「風邪を引くぞ。ベッドに入れ」
 児玉に促されて髪をかき上げながらベッドに潜った。かき上げたその瞬間、涙ぐんでいる美子の顔が見えた。児玉は気づかないふりをして美子を抱き締めた。美子は児玉の胸に顔を埋めて男の体臭を確かめているようだった。
 悲しいことがあった時や寂しい時は、そうしながら一人でないことを美子は確かめているように、児玉には思えた。児玉は美子の肩まで伸びた黒い髪を何も言わず撫で続けた。
 美子は男を挑発するようなセックスをいつも求めてきた。美子は児玉の胸に顔を埋めていたが、落ち着いたのか唇を胸に這わせ始めた。手は児玉の下腹部をまさぐっている。
 児玉が微かな呻き声を上げる。美子はさらに手の動きを早める。児玉はその手を振り払うと彼女を組み伏せた。彼女の唇を吸い、胸を愛撫する。美子の呼吸は乱れ始めるが、美子は手の動きを止めずに一定のリズムで上下運動を繰り返している。虚ろな目をしながら児玉の表情を見つめ、快楽にのめり込んで行く男の表情を楽しんでいるかのようだ。
 唇を美子の豊かで弾力のある胸に運ぶ。胸から腹部、背中に唇を這わせた。美子の肌は白くホクロが多かった。そして児玉は美子の最も敏感な部分にそっと唇を押し当てた。美子の呼吸がさらに荒くなり、喘ぎ声に変わる。その瞬間、美子はカッと目を見開いて、突然体を起こした。
「児玉君、寝て」
 高校を卒業したばかりの美子は彼のことを「児玉君」と呼んでいた。美子が精一杯、背伸びをして子供ではないことを主張するために、意識的にそう呼んでいるのだと最初の頃は思っていた。

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