ニッケイ新聞 2013年2月21日
「少し休みましょう」
テレーザの声に児玉もテーブルに戻った。流れる児玉の汗をテレーザがハンカチで拭いた。
「オブリガード(ありがとう)」
「デ・ナーダ(どういたしまして)」
二人はしばらく飲んでからミッシェルを出た。店を出る頃には、児玉はすっかり人気者になっていた。
「また来て日本のサンバを見せてくれよ」会計を済ますとボーイが言った。
児玉は「タ・ボン(いいよ)」と答えた。店を出ると、二人はふらつきながらラブホテルに向かって歩き出した。ホテルはレプブリカ公園の裏手に集中している。
「コルタ・カミーニョ(近道をしましょう)」
テレーザは児玉の手を引いて、公園の中に入っていった。抱き合い、キスをしているゲイのカップルが至るところいた。彼らは他人の視線などまったく気にならないのか奔放に振る舞っていた。テレーザもそんな光景は見慣れているのか平然としていた。
引き摺られるようにしてホテルに辿り着いた。フロントに男の従業員二人だけの小さなホテルで、テレーザはその二人と顔見知りなのか親しそうに何かを話していたが、鍵を受けとると児玉を部屋に導いた。
部屋のスイッチを入れるとピンクのライトが点り、ベッドランプだけが普通の蛍光灯だった。ベッドからは見やすい部屋の隅にテレビが置かれ、テレーザは自分の家に帰ってきたかのように慣れた手付つきでテレビを点けた。ブラジル製のポルノビデオが映し出された。
「ヴォッセ・ゴースタ?(気に入った)」彼女が聞いた。
「シン(うん)」
という答えに、テレーザは笑いながら冷蔵庫からビールを取り出した。二つのグラスにビールを注ぐと、一つを児玉に手渡し、「サウジ(乾杯)」と言って、一気に飲みほした。児玉も彼女の真似をして「サウジ」と言ってみた。彼女は喉が渇いていたのか、再びグラスに注ぎ、アッという間に飲みほしてしまった。
「ゴストーゾ(美味しい)」
テレーザが言った。児玉にはその意味がわからなかった。辞書を取り出して、その言葉を引こうとすると、彼女が辞書を取りページを繰った。
「アキィ(ここよ)」
「gostoso」を指した。「味のよい、うまい、おいしい、喜ばしい、気持ちのよい」と記されていた。
「おいしい、か」 児玉が一人つぶやいた。
「オ・キェ?(何)」
「ゴストーゾ・エン・ジャポネース・シギニフィカ・おいしい(ゴストーゾは日本語でおいしい)」
児玉が答えた。
「オイシイ……。オイシイ、オイシイ」
テレーザは「オイシイ」を繰り返しながら、シャワールームへ入った。間もなく勢いよくシャワーの流れ落ちる音が聞こえてきた。
しばらくするとバスタオルを体に巻き付けて彼女が出てきた。
「ヴァイ・トマ・バーニョ(シャワーを浴びて)」
彼女に促されて、今度は児玉がシャワーを浴びた。ブラジルのほとんどのシャワーはその内部にニクロム線が内蔵され、それで水を暖めるようにできている。そんなシャワーに慣れていない児玉は、感電しそうで落ち着いて入ることはできなかった。実際、感電死する事故も起きていると、先輩記者からも聞かされていた。児玉は数分でシャワーを終えた。
「ジャ(もう、浴びたの)」
テレーザはベッドに入り、真っ白なシーツを体に掛けてポルノを見ていた。シーツに彼女のプロポーションがくっきりと浮かび上がっていた。
「ベン(来て)」
児玉は腰にまいたタオルを取ると、シーツを剥いで彼女の横に潜り込んだ。彼女は両腕を児玉の首に絡ませ、キスを求めて来た。児玉もそれに応え唇を重ねた。
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