ニッケイ新聞 2013年2月27日
日本から持って来たカメラは三台ほどあった。ドルが完全に底を着くと、児玉はまず一台目のカメラを売った。久し振りに懐に金を入れて、ミッシェルに顔を出した。テレーザはまだ来ていなかった。
児玉はテーブルに着くと、踊っている女性をぼんやりと眺めていた。一人で飲むのはやはり退屈だった。彼はテレーザを呼んだ時と同じように、踊っている女性を一人一人見つめた。相手を探していることが彼女たちにもわかるのか、絡み付くような視線を返して来た。
サンパウロで白人らしい白人を見ることはほとんどない。それほどブラジルの混血化は進んでいるのだ。モレーナの中に混じって金髪の白い肌の女性が一際目立って見えた。華奢な体をしているわりには、胸が大きく踊る度に波打っていた。児玉は彼女を呼んだ。
「コモ・ヴァイ?(調子はどう)」
児玉のポルトガル語も板に付いてきた。
「名前は?」
「パウラ」
安い香水の匂いが漂ってきた。体臭がよほど強いのか、彼女の嗅覚が麻痺しているのか、くどいほどの香りだった。
「きれいな髪をしているね」
「ありがとう」
児玉はしばらくパウラと話し込んだ。彼女は昼間はOLとして働き、時々、この店にくるという話だった。児玉がふとダンスフロアに目をやると、テレーザが踊っていた。
「ちょっと失礼」
児玉はパウラに断って踊っているテレーザに歩み寄った。
「来ているなら、何故、声を掛けてくれないんだ」
「だって、パウラと一緒だから。彼女のこと気にいっているんでしょう」
「ああ」
「ロイラ(金髪)がいいんでしょう。ジャポネースはどうして金髪が好きなの」
「別にそういうわけではないけど……」
「コダマ、違う女と寝たいのならそれは自由よ。でも、パウラは止めなさい。彼女はあなたに合わない」
「どうして」
「性格が悪すぎる。それにあなたが気にいっている金髪もあれは偽物、染めたものよ」
児玉はパウラの方を見た。彼女も児玉のほうをじっと見つめていた。
「彼女と寝るのは止めなさい」
「わかった。どうしらいい」
「少しチップをやって、席を立ちなさい」
児玉は言われた通りにした。パウラは一瞬、怪訝な顔をしたが、チップを受けとるとニコリともせずにテーブルを立った。
児玉もテーブルを変えてテレーザを呼んだ。
「コダマ、他の女と寝たいの」
児玉は彼女から責められると思った。
「ロイラがいいの」
テレーザは怒っている様子もなく児玉に聞いた。
「君もきれいだけど……」児玉は謝るつもりで言った。
「私もきれいだけど、他のきれいな女とも寝てみたいんでしょう」テレーザは何の屈託もなく笑った。
「お金はあるの」
「ああ」
胸のポケットから封筒を取り出してそのまま彼女に手渡した。東洋人街で土産物を経営している日本人にカメラを売った金だ。
「どうしたの、こんな大金」
「カメラを売ったのさ」
「こんなには必要ないわ」
「それは君にあげるつもりで持ってきたんだ」
「こんなにたくさんはもらえないわ」テレーザは真面目な顔をして言った。
「いつもご馳走になっているからその金だと思ってくれ」
「じゃあ、食事の心配はしばらくしなくていいわ」
著者への意見、感想はこちら(takamada@mbd.nifty.com)まで。