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ブラジルワインに誘われて=世界のトップ10入りする日は来るか

グルメクラブ

5月14日(金)

 その頃のブラジルワインは実際悪くなかった。
 名うての専門家による採点で九十点は取れなくとも、八十点を上回る品ならば市場に出回っていた。三年近く前の話になる。
 ブラジルワインをいくらか軽視し、それとなく距離を置いてきた人間には当時の、八十点台ワインが新鮮に映じた。フランス、イタリア本場の香気には遠く及ばない、だが、チリやアルゼンチンのワインとなら同じ土俵でなんとか勝負できる実感があった。それが自分の国のワインでないのに無性に誇らしかった。
 ビール五〇リットル、カシャッサ一〇リットル―を年間に消費するという国民だが、ワインの量はいまだ二リットルに満たない。フランス人の六〇リットル、アルゼンチン人の四〇リットルは別格として日本人の二・五リットルにさえ劣る。その時分、大手スーパーの酒売り場の棚に国産ワインの今様に並ぶ姿は稀で、出会えば、人知れず莞爾たる笑みを浮かべた。
 ある日、ワイン輸入代理店ミストラルが主催する品評会に参加した。審査の俎上に載せられていたブラジルワインの膂力は予想以上に思えた。それがきっかけだった。ブラジルワインを購うようになった。
 グローバル経済のさなかで、輸入品との価格・品質競争が激化していた。地力に勝る欧州ワイン勢が押し寄せてくるなかで、いっそうの奮起を求められるブラジルワインがどのような向上を遂げるか見届けたいという気持ちもあった。途上にあるワインには美しい努力の花と、芳しい涙の果実が却ってたくさんに積み集められるものだろう。
 世界的な偏差値でいえば、ブラジル産では赤白ワインよりもシャンパンの方が高く、赤ワインには白ワインよりも優秀な品が多い。そんなことをくだんの会で知った。さらに、学習成果の詳細を報告すると、審査で七十五点以上をたたき出した「受験者」はシャンパンに最も多く、全体の四二パーセント、赤ワインは同三〇パーセント、白ワインは同一一パーセント。赤ワインの「優等生」はブドウ種別でタナ、シラー、カベルネ・ソーヴィニヨン、メルロに目立ち、ガメ、ピノ・ノワールは「平均生徒」、カベルネ・フランは「落第生」であった。白ワインではシャルドネ、ゲヴェルツトラミーナーは「及第」、ミュスカは「落ちこぼれ」とも分かった。
 会の最後では、近年では「1999」が天恵を授かったブラジルワインであると繰り返し強調されていた。専門家の気取ったワイン解説にはとても歩調を合わせることの難しい人間には新鮮だった。その明快な指針は、店頭に並ぶブラジルワインとこちら側の間の風通しをよくしてくれた。
 ブラジルワインを求める散歩にいっそう精を出した。しかし、五年の月日が巡り、「1999」の判断基準も有効期限が切れつつある事実に気がついた。あまつさえ、しょせんは二流国ワインかもしれないと勘ぐり始めた。ブラジルワインを他国のワインと比べその実力のほどを改めて確認しようと、四、五、六日とセアザそばのITM EXPOで開かれた国際見本市を見学した。ブラジルより二、三歩抜き出たワイン新興国である南アフリカ産の品が出色だった。ハリウッド映画監督のコッポラが手掛けたワインや、チリのノーベル賞詩人パブロ・ネルダの名を冠した銘柄に、生来の軽佻にして浮薄な心が騒いだりした。
 だが、会場で買い求めたブラジルワイン専門書に、日系生産者と日本の進出企業の貢献について書かれた項があるのをみて恥じた。ヤマモト・マモルさん、そして南九州コカ・コーラボトリングが出資する興南物産である。前者はペルナンブッコ州の果実園主でロヴァーロ、ミオロといった大手ワイナリーと契約しているほか、ヴァレ・ドオーロなるワインを自身の醸造所で生産する。対して後者は、リオ・グランデ・ド・スル州サンタナ・デ・リヴラメントに拠点を置き、サンタコリーナと称すワイン造りを日本にも輸出している。前出の品評会カベルネ・ソーヴィニヨン部門でその「一九九九」は七六・九一点、十位入賞だった。
 思い出してみると一九九八年来伯の直前、伊勢丹デパートにブラジルで世話になるだろう人々への手土産を捜しに行ったとき、酒売り場で「ブラジルワイン新入荷」の札をみた印象が残る。おぼろなイメージが記憶の中で像を結ぶ。やはりサンタコリーナである。
 ただ、当時の日本はチリ、アルゼンチン、ウルグアイといった南米ワインへの関心はあっても、ブラジル物など見向きもされていなかったよう思う。
 二〇〇二年のサッカーワールドカップ日韓大会。日本の好事家が試合で対戦する両国自慢のワインをやりながら応援する、そんな趣向を企画した。サッカーの強豪国は概ねワイン王国なのでほぼ順調にことは進んだが、最後の決勝戦で壁にぶつかった。サンバの国にワインは存在するのか?ワインの古豪ドイツとは勝負にならんということになった。
 確かに、ワイン対決では、決勝に進む「実力」なぞあの時点のブラジルにはなかったが、南米第三のワイン生産国に成長したブラジルのワインは近い将来、王国に追いつくのは無理としても世界ランク十位くらいに浮上する可能性は秘めている。これは各国多数の専門家の見方でもある。次回ドイツ大会では「ワイン対決」の方にも少なからぬ望みがあるとみれば心安らぎ、同時に、ブラジルワインが「世界標準化」していくことには、ひとしずくの寂しさを感じる。

代表的なブドウの品種 【赤ワイン種】 カベルネ・ソーヴィニヨン 味わいは力強く、ほおずき香といわれる独特の香りがあり、長い熟成により本領を発揮。フランス・ボルドー地方の代表的品種。 カベルネ・フラン 前者と同系だが、性格はややソフト。 メルロ 柔らかな味で濃くのあるワインに。カベルネ種などとブレンドされ、複雑な風味を生み出すために大切な役割を果たす。 ピノ・ノワール ブルゴーニュの銘酒ロマネ・コンティを造る。カベルネ種ほど渋味はなくフルーティー。熟成によってアロマ(芳香)が際立つ。 ガメ ブルゴーニュ・ボジョレ―地方の品種。フレッシュなブドウの香りと酸を生かしたワインに。 シラー エルミタージュとも。オーストラリアでよく適合、最高のワインを生んでいるが、ブラジルで造るのは難しいとされる。 タナ ウルグアイで大成功。よく出来たものは長熟ワインにもなる。 マルベック 渋味が強い。アルゼンチンで本領発揮、メルロとの相性良し。 【白ワイン種】 リースリング ドイツの代表的品種。しっかりとした酸味、上品で繊細。 シャルドネ 辛口の白ワインとなり最高の人気。この品種でシャンパンも。 ゲヴュルツトラミーナー ゲヴュルツ(香辛料)の名の通り、スパイシーで香りは華やか。 ソーヴィニヨン・ブラン 近年人気上昇中。青草を思わせる独特の香り、「草原の貴公子」。 ミュスカ マスカット。イタリアのアスティ・スプマンテ、モスカート・ダスティの原料で知られる。

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