話題＝古くて新しい「舶来品」

グルメクラブ

9月24日（金）

　飛行機の時代を迎えても輸入品を「舶来品」と呼んでしまう古風な私は港リオの旧市街にいくと、必ずアッセンブレア街の輸入食材店リダドールに立ち寄る。チョコレート、ビスケット、キャビア、オリーブオイル、そしてワインにチーズ……。容器や包装のデザインを眺めているだけで大いに楽しめる。入場無料の食のテーマパークだ。
　店内奥にはクラシックな趣きのバーもある。板チョコのような扉があって、開けるとそこは別世界。買い物客の喧騒から離れて静かにグラスを傾けることが出来るのだ。店で販売されているのを見たばかりのワインやウイスキーを注文できるのが嬉しい。酒の肴も同じく。この直結感がいい。購入して家に持ち帰るまでの時間がじれったくてたまらない短気型には願ってもない配慮だと言える。
　リオの旧市街ではまだ、この手の店があちこちに残っている。ウルグアイアナ街のパラヂーノもそうだ。表が輸入食品や酒類を並べる店で、奥が居酒屋。古色蒼然とした棚に薬品のごとく酒瓶が納められ、レジの脇には塩付けバカリャウが無造作に置かれていたりする。だが、こうした店構えこそリオの伝統だ。創業一九〇六年、約一世紀にわたって歴史をさりげなく守りつづける態度は珍重に値しよう。
　朝七時から営業している。昼間は混み合うので午前九時ごろを狙っていくといい。名物はポルトガル産イワシや、ノルウェー産タラを使用したオムレツ。さらにロックフォール・チーズや生ハムなどを挟んだサンドイッチも手堅い。もちろん食材の多くは店で購えるものだ。太陽が真上に昇る前に、生ビールと一緒に頂く。なんと爽快、晴れ晴れしいことか。
　もう一軒紹介するなら、ボサノヴァの歴史が深く刻まれた、カロージェラス通りのヴィラリノだろう。店内床は幾何学模様のタイル張り、テーブルは大理石。ヴィニシウス・デ・モラエスとトム・ジョビンがここで邂逅する以前から芸術家、音楽家らの溜まり場だった、文化風俗史に残るバーである。メニューの出色はマデイラ・ソースの掛かった焼き肉サンドイッチ。ウイスキーとの組み合わせが妙だ。ボサノヴァ時代のウイスキー、ブラック・アンド・ホワイトなんてどうか。
　もとよりここも輸入食材を専門に扱う。店先には商品が陳列されている。だが淡白な印象だ。ほとんど「飾り」と化している。米国製キャンベルスープの缶にほこりがかぶっていても不思議ではないほど、買い物目当ての客などあまり見かけない。いまどき輸入品をありがたがるご時世でないし、こうした専門店でなくともスーパーで入手可能である。ただ、装飾としての「舶来品」は古くて新しい感覚だ。かつて日本ではジョニー・ウォーカーが応接間の「飾り物」に君臨していた。時代は一巡り、「舶来品」を鑑賞する気分が懐かしくて今様だと思う。安易に最新の流行を追うデザイナーのインテリアよりも新趣に映る。
　考えて見れば、バーでは酒瓶を眺めながら飲む。そこでの商品は消費と観賞の対象だ。リオのフルーツジュース屋を思い浮かべてもいい。あの店内を埋め尽くす果実は素材でありながら立派なデコレーションである。サンパウロでなら、モルタデラのサンドイッチ専門店を引き合いに出したい。天井からずらり吊り下げられたモルタデラの塊があればこそ、そのサンドイッチに格別の味わいが生まれる。つまり、究極は市場の食堂。豊富な食材で視覚と嗅覚を刺激される場所で食べるのが一番おいしいのだと頷ける。
　最近は一歩進んで巷では、キッチンをあえて見せるように設計されたレストランが流行している。例えば、スパゲティ。このメーカーの麺とオリーブオイルをこう用いて、こんな素材からソースと具を作っているのですよ、と知らしめる。客は料理の過程をまるごと食べ尽くすわけだ。言わば五感のフルコース。流行仕掛け人の心ばえは買うが、正直疲れる。差し出口で言うのだが、皿洗いの風景など見たくないし、「秘すれば花」の言葉もあるではないか。
　「舶来品」をぼんやり眺めることの出来る空間で食事する程度が、個人的には一番しっくり来るし、サンパウロ市でもそんな場所を捜し求めたいと思っていたら、あった。旧市街アウローラ街のメルカド・ダス・ノヴィダデスだ。特にイタリア系食材に強い店で、ワイン、ハム類の品揃えに抜かりなし。吹き抜けの空間、中二階は収納庫だ。ダンボールが山積みされ、売り場との境が明確に分かれていない。この案配がいい。奥に配すレストランはやはりイタリアン。日替わりコースを用意している。レストランを新設したのはここ数カ月のこと。リオの旧市街の残る懐かしくて新鮮な風景がこうしてサンパウロでも見られるようになったのは面白い現象だ。
　【リダドール】 Rua da Assembleia, 65 – Centro – 2533-4988
　【メルカド・ダス・ノヴィダデス】R. Aurora, 872 (Centro), tel. 3331 5177