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ブラジル料理雑記―1―ゴイアス

グルメクラブ

4月15日(金)

 ラジオの時代、歌の担う役割は今よりずっと大きかった。今日のテレビで流れる映像のように、様々な情報を伝えていた。
 一九四一年、バイーアの音楽家ドリヴァル・カイミは「バイーアに行ったことはあるか」でこう歌った。
 バイーアに行ったことはあるか、アンタ/ないの?/じゃ、行ってみたら/ボンフィン教会には今も昔もご利益がある(中略)ヴァタパーもあるし、カルルーもある/(中略)サンバを踊りたいなら、行ってみればいい/バイーアにはすべてがある……。
 ブラジル音楽を代表する名曲と目されるが、歌詞だけみれば、バイーアの観光誘致ソングとしてうつる。♪草津よいとこ一度はおいで、みたいなものだ。現在の歌にありがちな、非生産的な情緒や散文調のメッセージはない。どの文句も具体的で、旅ガイド本や観光番組の代わりとして機能していた。
 カイミには「ヴァタパー」(一九四二)というヒット曲もある。バイーア料理の名前だ。それはレシピと調理方法の解説ソングである。
 ヴァタパーをつくるには/どうする?/まずフバー(トウモロコシの粉)、次にデンデ油(中略)かき混ぜてかき混ぜて/さらにガシューナッツ、マルゲッタ(トウガラシ)を用意して/ナッツはつぶし、エビ、ココナッツもつぶして/ショウガ、タマネギが入ったら、さぁ味付け/だまにならないよう混ぜつづけて/鍋が焦げつかないよう火加減にも気をつけて……。
 料理の最中はだれでも鼻歌がつい交じるから、実用性も兼ねたこの歌は当時の世相に受け入れられた。一九四〇年代初めの多くのブラジル人は、カイミの歌の世界でバイーアの文化が何たるかを会得した。
 歳月は流れ、歌は変質した。マスメディアの発達がそれを促した。以前の歌謡曲が果たしていた実利的な役割はずいぶん減った。ただ、日常生活と歌の歌詞が密着しているカントリーソングになると、事情はやや異なる。数年前、ゴイアス州を旅し、マルセロ・バーラという地元の人気歌手の存在を知った。旧都ゴイアス・ヴェリョで夕立にたたられ、雨宿り先のバールで聞いたその曲は「エンパドォン・ゴイアーノ」といった。ゴイアス名物の大きなエンパナーダは、素焼きの土鍋にパイをつくり、その中で野菜や肉を煮込んだ料理だ。
 ゴイアスのエンパドォンには長い歴史がある/失敗しないでつくるためにはコツがあるんだ(中略)土鍋にバターを溶かしてパイをつくる/ふくらし粉とパン粉は同時に準備して。別々ではダメ/その後、腸詰、トマト、ボーデのトウガラシ、ガリホーバを煮て(中略)豚肉、鶏肉、ジャガイモ、卵を入れる、それも神は許したもうた……。
 ボーデとは何か。引用しなかったが、バーラは、エンパドォン向けのトウガラシはBodeに限り、ほかの種類はノン・Podeとダジャレを交えて歌っている。赤く丸形のBodeは芳香性が強い上、辛いトウガラシだ。ゴイアス、ミナスジェライスの両州ではガリニャーダ(鶏肉の煮込み)に、北東の海岸地帯では海産物のカルデイラーダ(海産物の煮込み)にしばし用いられる。
 ガリホーバもサンパウロではなじみのない食材だ。普通よりも多少大ぶりのヤシの実で歯ごたえがあり、味はニガヤシの名の通り、かなり苦い。日頃のブラジル料理でこうした苦味を感じる機会は極めて少ないので、初めてつまんだときは驚き、ゴイアス料理の多様さに感心した。
 この異色のエンパォン讃歌で始まる、バーラのCDアルバムを探すのにはまったく苦労しなかった。雨宿り先のバールで委託販売されていたのだ。タイトルは「ジェイト・ゴイアーノ」で、初版は二〇〇〇年。その二曲目「メウ・アミーゴ・アメリカーノ」でも、バーラは土地の料理文化を陽気に紹介している。
 ボクのアメリカ人の友だちはチキンパイを食べている/でも、ボクらはトレズモ(豚の皮を揚げたもの)をつまみ、ビールを飲みながら/アツアツのエンパドォンが出てくるのを待っているのさ/ペキごはんをキミは知らないだろう/お米のケーキも、カジュジーニョ(ガシューナッツで出来たパイのようなお菓子)も、ムリッシ(アセロラ)を漬け込んだ酒も……。
 ペキはカリオカル科の木で、バターナットともいう。そのアボガドのような実の中に三つの黄色い種(オリーブに似た形)が入っていて、それをゴイアスやミナスの人々は料理の材料にしている。トゲを内包しているので、知らずにそのまま食べてしまうと、舌をチクチクと刺す。香水に負けない匂いを放ち、可憐な姿をしているが、このトゲには二晩ほど泣かされた記憶がある。ゴイアス・ヴェリョのレストラン「ソブラジニョ」で店員の忠告を無視して、好奇心の赴くままに噛んでしまったせいだ。鮮やかな黄色いペキごはんは、特に鶏肉料理にはよく合った。
 「芳醇な香りと淡白な味、『高原の肉』といわれ、プロテインを始め、ビタミンA、鉄分を豊富に含んだフルーツです」「人気商品につき品切れが続いておりましたペキ酒、ブラジルより再入荷しました!」
 というのは、インターネットショッピング「楽天市場」の受け売りだ。日本にいながら、コンピューターの前でブラジルのリコール・デ・ペキを注文できる時代を迎えた。はるけくも来つるものかな、である。酒は「フィリクラナ」といい、二千三百円。「人気商品につき」とあるが、少なくともわたしは飲んだことがない。日本在住者の方がブラジルの地方の名産品に注目しているようだ。
 ゴイアス州はブラジルの中でも特色の乏しい州と見なされており、旅行案内書でも省略されるケースが多い。ゴイアーノはカイピーラ(田舎者)の代名詞だ。当国でもないがしろにされる地方の食材に目をつける日本人の消費力には脱帽だが、最近はブラジルでも地方の魅力を見直す気運がある。グローボのテレビドラマ「アメリカ」でカウボーイが再発見されているのもその一例だろう。
 先の「メウ・アミーゴ―」の詞はこう続く。
 キミはロックンロール、ブルース、そしてジャズなんかを聞いている/でも、ゴイアスの黎明を知らない、月夜の明かりとセレナーデ(小夜曲)を……。
 この歌でゴイアス州の田舎で暮らす人々と対比されている「アメリカ人の友だち」とは、日常がアメリカ化しているすべての都会生活者のことを示唆しているのではと思う。わたしも最近はなんだかアメリカ文化に食傷気味だな。けばけばしいネオンを揺らすロックンロールばかりではなくて、月夜の明かりを受けて流れるセレナーデを聴きたくなってきた。
 バーラはアルバムの表題曲で歌っている。
 小鳥になった気持ちで毎朝自然を抱きしめる/川を上り、星に恋し、天に住む/ギターを手にとってせつない一曲を歌う/これがオイラのゴイアス人としての流儀さ……。
 バーラのCDと携帯プレーヤーを鞄に詰めて、ゴイアス州を巡る旅に出掛けたくなった。
     ◎
 ゴイアス料理を専門に提供する市内で(恐らく)唯一のレストランがベラ・ヴィスタ区ロシャ街112にある。「ランチョ・ゴイアーノ」(電話11・289・5146)。エンパドォンとペキごはんのセットで約三十五レアル(二人前)。カントリー音楽の生演奏も楽しめる。

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