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ブラジル料理雑記―2―バイーア

グルメクラブ

4月29日(金)

 登場人物が食べる(調理する)料理について、それほどこだわらず書き流す作家がいるが、個人的には「味気がない」と思う。細かく記されている方が、物語の世界を想像する素材が増えて、好きだ。だから、食通で知られる著者の作品をよく読む傾向にある。
 ブラジルの作家で言えば、二〇〇一年に死去したジョルジュ・アマードは、バイーア料理に知悉していた。物語に出てくる料理と、そのレシピを一冊にまとめた本「ア・コミーダ・バイアーナ・デ・ジョルジュ・アマード」(レコルデ、二〇〇三)もある。
 著者は娘のパロマ・ジョルジュ・アマード。二〇〇〇年に出版した「アス・フルッタス・デ・ジョルジュ・アマード」(コンパニア・ダス・レトラス)の続編にあたり、完成までに六年かけたという労作だ。
 「ペドロ・アルカンジョの料理とドナ・フロールのおやつ」がその副題になっている。「テンダ・ドス・ミラグレス」の主人公で、マランドロな性格を合わせ持つインテリ作家がペドロである。映画化されブラジル映画史上最高の観客動員を記録、アメリカでもリメイクされた「ドナ・フロール・イ・セウス・ドイス・マリードス」のフロールは、ソニア・ブラガがヌード、ベッドシーンを見せて熱演した女性である。
 アマードの作品を軸に、バイーア料理の魅力に迫った三百十七ページは、食欲をそそる。ベイジュ・デ・タピオカ・コン・ケイジョ・ハラードの項にまず私の視線が釘付けになった。ベイジュはインディオの食文化が起源で見た目はパンケッカだ。マンジョッカを使うのが一般的だが、ここではタピオカで代用。粉チーズとの相性も良さそうだと思った。
 おなじみのヴァタパー(ファリーニャをベースに、ココナッツミルク、エビ、タマネギ、トウガラシ、ナッツを入れたペースト状の料理)、シンシン・デ・ガリーニャ(ニンニク、デンデ油、乾燥エビ、ナッツ、タマネギ等が入った鶏肉の煮込み)も、気になった。「ドナ・フロール風」などとあるのだから、普段調理の習慣のない私でも試作してみたい衝動に駆られた。ボーロ・デ・アイピン(マンジョッカ芋のケーキ)、ポルトガル料理が原型のキンジン(ココナッツミルク、卵で作られたプリン的お菓子)……。デザート類も豊富である。
 表紙の写真に使われているアバラー(塩、乾燥エビ、デンデ油で味付けしたフェイジョン・フラジニョの練り粉をバナナの葉で巻いて蒸した代物)には、インディオとアフリカの影響が強い。一般的に、肉料理や揚げ物、デザートにはポルトガルの食文化が色濃い。「三位一体」の料理文化、それがバイーアだ。詳細なレシピが分かる上、ポ語初心者にも解し易い文章が目立つアマード作品のエッセンスに触れることのできるオマケが付いた本書。一読すれば、北東海岸の大邸宅のにぎやかな台所にいるような心地がする。
 アカラジェ(フェイジョン・フラジニョとタマネギを合わせ練り、デンデ油で揚げた物)はシャンゴーに供える食べ物で、その母親イエマンジャーの好みはハチミツを塗ったエボ(トウモロコシ粉のデンデ油揚げ)である――など、バイーアの料理文化と密接な関係にあるはずの宗教カンドンブレについて、あまり触れてないのには理由がある。著者はカンドンブレの儀式に絡んだ料理に関する本の出版準備を進めているそうだ。アマード父娘版バイーア料理三部作はそれが世に出て完結するという。
 ところで、この親子に料理を指南した人がいる。一人は歌手カエターノ・ヴェローゾ、マリア・ベターニアの母親ドナ・カノ。もう一人は、サルヴァドール市内に数軒のレストランを経営するアルダシ・ドス・サントス、通称ダダーである。田舎の貧しい家庭に生まれ、十六歳で家族とサンパウロに出稼ぎへ。その後、女中仕事などでこつこつ貯めたお金を元手にしてサルヴァドールのファヴェーラに小さな食堂をオープン。その腕前を認められるに至った苦労の人は昨今、バイーア料理界きっての花形として知られる。
 私は、パリとリオを往復しながら活動する画家フラビオ・シロー氏から、ダダーの存在を教えてもらった。北海道から四歳でアマゾン・トメアスー移住地に入ったシロー氏は一九六〇年、現在のバイーア近代美術館(MAM)で個展を開催している。イタリア人建築家リナ・ボ・バルデが一九五九年、サルバドールの海岸に十六世紀から建つソラール・ド・ウンニョンを大胆に改築した際に、邸宅内に設けられた美術館だ。
 四年前、ダダーの店でボボー・デ・カマロン(マンジョッカのペーストがベース、エビグラタンのような味もする)を食べ、同美術館でシロー氏の作品が展示されているのを見た。海を眺めながら作品鑑賞できることに感心した。
 思えば、リオデジャネイロ近代美術館(MAM)も、ニテロイ現代美術館(MAC)も、海のそばにある。サンパウロにもそんな美術館があればと願ったが、海はないので所詮叶わない。だからせめて、ダダーのレストランが今後出店してくれればいい、そんな望みを抱いたことがある。
 ブラジル郷土料理のコックとして彼女に比肩する存在と目される、ミナス料理の権威ドナ・ルシニャはベロ・オリゾンテとサンパウロに店舗を構えている。ダダーにしても、サンパウロ進出はありえない話ではないだろう。それまでは、アマードのバイーア料理レシピ集で夢想にふけるほかない。
      ◎
 これまで提供したアカラジェは二万個以上という「ロッタ・ド・アカラジェ」は、アバラーからムケッカ、ボボー、バイオン・デ・ドイスまでそろう。バール風の店で、屋外にも席が出ているので気取らず楽しめる。値段もアカラジェ一個で四・五レアル(皿盛りでは五・三レアル)と手ごろ。サンタ・セシリア区マルチン・フランシスコ街529。電話11・3668・6222。

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